にーやんのブログ

三振したにーやんが再ローを経て司法試験に合格した物語である

M-1グランプリの審査方法と司法試験の論文試験の審査方法の類似性。の巻

まいどでーす

今日も前回に引き続き,M-1グランプリの話。
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炎上しとりますなぁ。

この度の一連の炎上騒動は,実は,司法試験の論文試験に対する愚痴に似ている。
って,やっぱ司法試験の話かーい。

というのも,これまでの司法試験における漏洩の事件とか,色々と論文試験には問題があった。
その1番の事件は,やはり青柳事件だろう。
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憲法の論文試験って1番厄介

今でもそう思う。
受験指導の講師陣は色々とあれやこれや言うけれど,やっぱり必ずしも採点実感や出題趣旨を100パーセント当てるってのは不可能。
もちろん,全科目それはそうで,別にいい。
問題は,憲法の論文問題は,問題の作成者がいて,その作成者の想定したある種の「正解」という筋がある。
その「正解」の筋を漏洩したりすると,漏洩された側の点数はすごく良くなる。
まぁ当たり前の話。


ただ,民法や商法であれば,想定される「正解」の筋はある程度決まってくるのが通常だ(例外もあるが)。
なぜなら,実体法上の要件と効果が憲法なんかと比べると明確になっているから。

憲法で問われる問題は,すべからく「違憲かどうか」ということを検討させるもの。
そして,違憲という効果を発生させる要件は,憲法に違反するか。
ざっくりすぎる。
もちろん,個々の人権規定で考え方はあって,違憲審査基準などのある程度の判断枠組はある。
けれど,何を人権侵害を設定するかは,やはり色々考えられるし,それらがすべて間違いというわけでもない。
しかし,高得点を取れるのは,問題作成者の考えた「正解」の筋だ。

しかし,現行の司法試験1発目の憲法については,考査委員は,ヒアリングでこのようなことを答えている。

出題側としては,特定の答えを想定しているわけではなく,受験生が資料等を用いてどのような結論を導き出すのか,楽しみにしていた。例えば,タバコの値段を上げることの方が有効な手段である,といったような主張をする答案もでてくるのではと楽しみにしていたが,残念ながら,そのような答案はなかった。

想定された「正解」の筋で答案が書かれていないという趣旨である。
それはもはや問題の設定の仕方なんかが悪かったんだろ?とツッコミたくなる。
その最たるものがこの部分(同ヒアリング)

私は,全体答案の約4分の1に当たる420通を採点した。憲法の論文問題で問うている最も核心的問題をきちんととらえ,論じている答案が1通もなかった。今回の論文問題の基礎には「自由とは何か」という極めて根本的な事柄に関する問いがある。それをとらえた上で,個別・具体に検討する答案が,私が採点したものの中にはなかった。出題側としては,極めて残念であった。ただ,執筆するのに十分時間があり,執筆するのに参考文献も読むことができる法科大学院の教員が法律雑誌に解説を書いている中にも,不適切,不十分な解説がある。そのことを考慮すると,限られた時間の中で,考え,資料を読み,書かなければならない受験生が出来なかったとしても,責めることはできないようにも思われる。

想定した答案はなく,しかもロースクールで教えている憲法学者が参考文献等を調べ尽くして作ったであろう答案や解説ですら,「不適切,不十分な解説」と言う有り様である。

そんな専門家ですら解答できない問題なんか出すな!

そういった愚痴も言いたくなる。

ちなみに,近年では,そういう「正解」の筋として,検討すべき人権規定についてヒント的なことが問題文に散りばめられたものになっていて,それを「読み解く」というのが憲法の問題試験対策のような感じになっているように思う。

と,色々と憲法の論文試験について問題があって,おそらく憲法が手応えと実際の点数との乖離が激しいんじゃないかなと思うわけですよ。

で,今回のM-1グランプリの審査員に対する炎上騒動。
似てると思いませんか?

司法試験の論文試験は2人(実務家と学者)が採点して,色々と調整して不公平感をなくすような仕組みになっているらしい。
ただ,憲法に関しては,憲法を専門にしている実務家なんていうのはほぼいないわけだから,結局,学者の発言力が強くなっちゃうんじゃないかという構造的な問題がある。

実務家は「これは良い!80点!」
と言っても,
学者は 「こんなのダメ!30点!」
なんてこともありそうだ。

今年のM-1グランプリでもそういう審査員間での点数格差があった。
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/y/yshinano/20181202/20181202212338.png
https://yno.hatenablog.com/entry/2018/12/03/133428より抜粋

これをみて明らかなように,明らかに審査員の採点が客観的じゃないような疑念を生じる部分がある。
例えば,ミキの上沼恵美子の点数は98点
それ以外は88~93点とその差は5点程度であるにもかかわらず,明らかに上沼恵美子の点数は高い。

また,ジャルジャルでは立川志らくが99点
それ以外は88~93点とその差は同じく5点程度であった。
ちなみに,88点を出した上沼恵美子は,その理由として,「ネタが嫌い」と発言している。
このネタでは,(アル)「ゼンチン」(アルゼン)「チン」と,やや下ネタっぽいのが入っていて,下ネタが嫌いな上沼恵美子はこの点で最低点を出したんじゃないかと思われる。

司法試験の論文試験でもこういうのはあると考えた方がいい。
いや,下ネタが好きとか嫌いとかではなく,印象点的なものがあるということ。裁量点的な。

同じ内容でも,文章の伝え方一つで,
「あ,この人はよく理解できているなー」
というものはある。

内容が同じでも,そういったことだけで点数は数点上がると考えた方がいいということ。
答案なのだから,相手に伝わる内容でなければならない。

裁判官には,文章の,「①誰が②いつ③どこで④何をした」という順番がある,という話をする人もいる。
最高裁判決なんかも,そういったフォーマットがある程度決まっているとか。
これは,要するに,こういった形式を取ることによって,伝えやすいというのがあるからこそ気にする点なんだろうと思う。

たったこれだけでも,印象点が変わる。
内容面ではもっと色々あるに決まっている。

で,今からできる司法試験論文対策がある。
みんなやってること。
成績上位者の答案の形式を真似するということ。
形式とは,例えば,結論から書くとか,見出しをこうやって付けるとか,要件・効果についてこう書く,当てはめでは法的三段論法を意識してこう書く,みたいな形式的なルール。

今回のM-1グランプリからも教訓がある。

万人受けを提供するということ。

霜降り明星は,審査員4人が各自の最高得点を出している。他の上沼も97点で2番目に高く,富澤も同じく2番目に高かった。立川も3番目に高い点数で,大半が各自の基準で高得点を出していることは明らかである。
こういう文句の付けようのないようなものを提供すれば勝利する。
まぁ結果論として当たり前の話。

で,これは司法試験の論文試験でも全く同じ。
もちろん,M-1グランプリのほうが結果を出すことについては司法試験の何百倍も難しい。
言い換えれば,司法試験はもっと簡単。

司法試験の万人受けってのは,法制度(条文や制度趣旨)と判例・通説の知識で答案を書くこと。
たまに,「この学者がこう言ってるから!」ということを過剰に強調する人もいるけれど,これを誤解してはならない。
別に偉い学者1人が主張していることを答案で書いても,判例・通説という(法曹にとっての)万人受けにはならない。
判例・通説の理解のために,「この学者もこう言っている」という理解をしたほうがいい。

もちろん,判例・通説がない未知の論点なんてのもたまに出る。
けれど,それも実はやることは変わらない。
既存の判例・通説の知識から出発して,論理的に法制度に照らして考えたことを書けば,結論はどっちでもいい。
むしろ,未知の論点では,問題の所在の把握が重要。
つまり,問題を的確に捉えて,その問題ならばこの法律のこれが問題になる,そして,判例・通説によればこのように考えるべきだ,みたいなことを書ければ十分。

小生がこのブログを振り返って実感することは,難しく考えすぎだったなってこと。
司法試験の合格という結果だけを考えれば,その手段としてはあまり細かいことを気にしないということが重要だったなーと,もっと試験対策に割り切るべきだったと痛感してます。

ここまでは,司法試験の論文の話。

にーやんがここで主張したいのは,そんな司法試験の反省ではなく,「とろサーモン」の久保田や「スーパーマラドーナ」の武智らの炎上騒動とか。
上沼恵美子の採点に不満を爆発させた感じの今回の騒動。
司法試験に不合格になった後の点数に対する受験生の愚痴にちょっと似ている部分がある。
もちろん,採点者がわからないので,「更年期障害」みたいな人格攻撃はないが,
「なぜこんな酷い点数なんだ」
と自暴自棄になる受験生はきっと少なくない。
自分も,よく採点委員をしている先生に,一方的に愚痴ったりもして,色々先生には迷惑をかけたと反省しております。
時には,先生も,「個人的にはその問題はよくないと思う」などぶっちゃけたりもして,愚痴に拍車がかかることもありました。
まぁ,それはプライベートな空間での話。今回のように公に対して上沼恵美子という特定の審査員に対する人格攻撃は絶対にダメだろう。

にーやんが大好きなまっちゃん(松本人志)が,色々と考えて審査員にお願いしたりして,上沼恵美子立川志らくが審査員になったんだろう。
その選択は,かなり良かったんじゃないかと思う。
スーパーマラドーナに至っては,別に上沼恵美子が審査員だから決勝に行けなかったってわけではなく,ただただおもしろさが足りなかっただけ。
上沼恵美子スーパーマラドーナに100点を入れてても決勝に行けなかったんだから。

仮に,上沼恵美子がおかしな採点をした結果,決勝に行けなかったなら,もう少し同情票があったと思う。
ただ,自分のこと(ネタ)を棚に上げて,審査員をバッシングするのは何の意味もない。
ストレス解消になるのなら,それはプライベートなところで公に露したらダメ。

おそらく,ただただ酔ってて,不満をぶちまけちゃっただけだと思う。

個人的には,同情するし,言いたい気持ちは理解できる。
しかし,公の場で,「更年期障害」と罵るのはダメ。社会が許さないし,それは当然だ。

久保田も,その気持ちはよくわかる。
「芸人の一生を左右する1点」
そういう気持ちはめっちゃわかる。
司法試験に5点足りなくて落ちたとか言う話は聞くから。
司法試験は100点満点じゃない。
M-1グランプリは700点満点。
司法試験は1475点満点。そのたった5点で不合格というのは,100点満点で言えば0.5点未満のレベルで不合格になるってこと。
1点で不合格とかいうレベルじゃない。
もはや運のレベル。

司法試験の1点がどれだけ重いのかを知っているだけに,久保田の言わんとするところは理解できる。
真剣に人生をかけているだけに,こういう気持ちは強くなる。
去年優勝した彼が,今年のM-1グランプリをそういう気持ちで観ていたというのは,意外と熱い人間だったんだなとむしろ関心した。
個人的には,10年前からとろサーモンのことは好きで,ネタもよく観てて,おもしろいと思ってた。
「久保田はクズ人間やなー(笑)」
とか,番組観てて思ってたけど,それだけじゃなく,笑いに真剣だったのがよくわかった。
ただ,今回は,やり方がよくなかった。

えみちゃんねるで同じことやってたら神ってたわ。

憲法の話に戻るけど,表現の自由ってのがある。
審査員として上沼恵美子は,自分の価値観に従って,本気で採点していたのは事実だと思う。
そして,色んな芸人の色んな世代の色んな価値観で採点すればいいと思うし,そんな色んな人だからこそ点数差がでる。
人間はロボットじゃないねん。
人間の価値観ってのを一緒くたにして,同じネタやって,おもろいから永遠に受けるとか勘違いしてる芸人は,少なくともM-1に出るレベルの人にはいないはず。
寄席や取っ払いの仕事で全力を尽くしても,受けるときと受けないときはある。
そんなもん当たり前やろ。
同じ人でも,その日によって気分違うし,それが違う人間やったら,笑いが受ける日も受けない日もあるに決まってる。
そんな世間の一般人を笑わすのが芸人という偉大なお仕事なんだから。
そんな中,上沼恵美子という漫才師を納得させるだけの力がなかっただけのこと。
そして,それは別にええやん。
上沼恵美子に最低点を出されたジャルジャルは決勝に進んでるんやから。
できるだけ多くの人を笑わすことが芸人の役目で,それをやったのがチャンピオンになってるのは事実。
「え?俺は全然あれはおもんなかったわ」
とか言う輩もいるけど,そんなの気にしないで,そいつ以外笑わせたら勝ちやん。
逆に,そいつ1人だけ笑わせても,それ以外が笑ってなかったら負けの世界。

司法試験の論文も,だから同じだって思う。
特定の価値観を持った特定の人だけに評価される論文書いても落ちるから。
実務家,学者に受ける答案を書かないと。

別に,上沼恵美子が特定の価値観をもった少数民族みたいなことを言うつもりはなくて,むしろあの幅広いジャンルの審査員がいたからこそM-1グランプリの説得力が担保されるというものだと思う。
老若男女,どの世代,どのジャンルにも受ける笑いを目指して,まぁそれは不可能に近いくらい困難だけれど,審査員がそういう色んなジャンルや世代だからこそ意味がある。

そうそう。よく視聴者に選ばせればいいとかいうア○なことを言う人もいる。
確かに,それで世論の結論は出るかもしれない。
でも,プロの目線は違う。
この芸はこれからもっと必要とされる。
そういった観点も踏まえて,「ただ今おもしろい」だけではないところまで見据えて点数はついているように思う。
別にそんな観点はいらないという考え方もあろう。
しかし,そんなもんはYouTubeとかでやってればいい。ネットのほうがそういうのに向いてるし。

M-1グランプリの価値はそこじゃない。

今は,もう古典落語的かとも思うくらい流行の漫才は変化している。
個人的には,ナイツや和牛なんかは,古典的な王道漫才を基礎としていて,すごく話がうまくて,おもしろいと思う。
でも,漫才っていうのは,日々新しいもの,おもしろいものを追求して,変化している。
それはそれで素晴らしいこと。
そういうことを感じることができる時点で,M-1グランプリは価値がある。

新旧新しいものでも,いいものを観ることができるから。
「おもしろい」っていう内容も色々ある。
今回は,自虐ネタで色々言われたスーマラだが,上沼恵美子は本質をついていた。
要するに,スーマラは笑えなかったが,ミキは笑えたってこと。
両方いまいちだったという意見も多そうだけれど,少なくともスーパーマラドーナのネタはいまいちだった。
ラストイヤーであれがベストだと思ってやってたということだけれど,そう思う時点でいまいちセンスないなと,個人的には思った。
そのことを上沼恵美子は的確に指摘していたように思う。
ネットしないおっさん,おばはん層は結構同じ意見が多いのではないかなーと。
少なくとも,スーパーマラドーナよりミキのほうが2~3点くらいはましだった。

でも,そんなことはどうでもいい。

笑わすのが芸人ってだけの話。

色んな層の人を笑わすことが仕事。
若い層だけ笑わせることができればいいってなら,おそらくM-1グランプリ王者にはなれないんじゃないかと思う。
そういう層だけの笑いってのも需要はあるから,それはそれでやればいいってなだけの話。

小学生時代,お笑い芸人になりたかった小生ですが,最近はお笑いも観る機会が激減しており,M-1観てると,知らない面白い若手がたくさんいるっていういい機会になってる。
そんな中,決勝に行く芸人はやっぱりそういうおもしろい芸人で,ラストで王者になるかは多少好みによって左右されるけれど,三組ともレベルが高い。毎年。

あ,ジャルジャルはずっとおもしろいとは思ってなかったけれど,去年といいM-1でネタを観て,結構おもろいやんって感じることもできた。
ジャルジャルはやや世界観が強くて,好き嫌いが出やすいから万人受けはなかなか難しいなーとか。http://nihyan.hateblo.jp/entry/2018/12/05/204740
そんなん言い出したら,俺の好きなバッファロー吾郎はもっと難しいなぁ,でもみんなに知って欲しいなぁとか。
色々と笑いに対して思いを巡らす時間を,M-1はくれる。バッファロー吾郎の話は完全にいらんかったな。

ここで言いたいことは,M-1の愚痴る武智も上沼恵美子を見返すくらいおもろい漫才しろってだけ。

当然,本人もそんなことわかってると思うけど。

ただ,今回も結構過剰に炎上した感じあるし,当分おもしろいことできないやろうなぁ。何しても笑えない感じになっちゃってきてる。
それが1番残念やわ。

あ,そうそう。なんかめっちゃ上沼恵美子を擁護した感じの記事になったかもしれないけれど,まったくそんなつもりはない。
幅広く審査員の1人として上沼恵美子はまったく悪くないってだけで,その評価で左右されるような笑いならいずれにしても王者にはなれへんやろって。

個人的には,中川家のれいじよりもケンコバとかが審査員になってほしいけど,やっぱりそれは「漫才」ってくくりでしばりも必要かも。
そうなると,立川志らくはどうかという話もある。個人的には,立川志らくよりもざこば師匠のほうが笑いは好き。
巨人師匠は巨人師匠。めっちゃ力強くて怖いおっさんやけど,真剣にちゃんと評価できてるし,こういう人はいていいやん。分析力もある。世代間はあるが。
まぁありえへんけど,とんねるず石橋貴明なんかがいたらもっと審査員としては荒れると思うし,おもろいやろうなと思うけど。これは期待。
吉本が多いってのはまぁ仕方ないかなと。でも,その分人材は多様なんだから,もう少し幅を広くしてほしいというのもある。その意味では,サンドイッチマンの富澤はいいチョイスだったのかもしれない。
まっちゃんは嫌いやろうけど,三枝師匠とかが立川志らくに代わっていたらおもしろかったかもしれへんなぁ。本人絶対やりたがらへんやろうけど。
ただ,漫才っていう話だと,やっぱり島田紳助はほんまに漫才師やったと思うから,審査員に復帰して欲しいなぁ。まぁ世論は嫌がるのかもしれへんけど。
まっちゃんとはあんま仲良くないかもしれへんけど,上沼恵美子の代わりとしたら明石家さんまが審査員でも盛り上がるし,きっと色々おもろい。
ナイツ塙はある意味固定してもいいくらい安定している。安定しすぎかもしれないけれど,そこはそこ。そういう人が審査員の意味はある。
サンドイッチマンの富澤よりも,個人的には,ツッコミの中堅がいるといいかと思う。フットの後藤なんかはええんやないかなと。
そういえば,審査員でツッコミが審査員で欲しいなとは思った。

こういう妄想は楽しくて,お笑いが好きな芸人と話し出すときっと話が止まらない。
来年のM-1グランプリにも期待してます。