にーやんのブログ

三振したにーやんが再ローを経て司法試験に合格した物語である

クジラックスと成年コミックの規制と「模倣」犯の意味。の巻

全国の死亡率というニュースをおかんとみてて、こういう統計って意味あんのかなと思った。
高齢者が多い田舎が死亡率高いのは当たり前じゃないか?

そういえば、最近こんなニュースがあった。

www.saitama-np.co.jp

強制わいせつ容疑の男「漫画を真似」 県警、作者に異例の申し入れ

 「検査」と称して女性の身体を触ったとして、強制わいせつ容疑などで県警に再逮捕された男が、成人向け漫画同人誌を読んで手口を真似したという趣旨の供述をしていることが13日、捜査関係者への取材で分かった。県警は被害の再発防止に向けて、漫画の作者に模倣した犯罪が起こらないよう配慮してほしいと要請した。県警によると、犯罪に模倣されたとして著作物の作者に申し入れをするのは異例。

 強制わいせつと住居侵入の疑いで12日、県警捜査1課と草加署の合同捜査班に再逮捕されたのは、草加市北谷3丁目、無職の男(35)=同罪で起訴。

 再逮捕容疑は昨年1月8日午前11時35分~同40分、草加市内の民家に、「放射能を調べる調査をしたいから入っていいですか」などと言って侵入。当時中学生だった女子生徒に対し「身体検査をするね」「死にたくなければ声を出さないで」などと脅して身体を触った疑い。「性的欲求を満たしたかった」などと容疑を認めているという。

 同課によると、男は帰宅途中の女子生徒を追跡して声を掛けた。女子生徒から話を聞いた母親が110番。防犯カメラの映像などから男の関与が浮上した。

 男は、同市内に住む女子児童方で女児の身体を触ったとして4月、強制わいせつ容疑などで逮捕されていた。同市内では2014年5月~今年3月、主に小中学生の女児を狙ったわいせつ事件などが約20件発生しており、県警で関連を捜査していた。

 捜査関係者によると、男は東京都内の男性漫画家が同人誌に描いた作品を模倣して犯行に及んだという。成人の男が「放射能検査」と称して女児宅に侵入してみだらな行為をする内容で、県警は男が少なくとも8件の犯行について作品の手口を真似したとみている。

 県警は今月、男性に作品を模倣した事件が発生したことを説明。その上で、今後は模倣されないよう配慮してほしいと要請し、「作中の行為をまねすると犯罪になる」といった注意喚起を促すことなども頼んだ。男性は事件にショックを受け、県警の申し入れを了承したという。

 捜査関係者は「表現の自由との兼ね合いもあって難しいところだが、子どもを狙った悪質な事件で、社会に与える影響を考慮して申し入れを行った。今後、ほかの作者の作品が模倣されて犯罪が発生した場合も、同様の申し入れを行うことを検討したい」としている。

目次

わいせつ表現等のわいせつサービスを禁止すれば同種犯罪を抑止できるのか?

酒鬼薔薇事件宮崎勤東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件を思い出す。


酒鬼薔薇事件では、事件を犯した少年の部屋にホラームービーがあったり、犯行声明がバイオレンスコミックの引用であったりしたことから、マスコミにおいてその規制を訴える人が結構いた。
宮崎勤も暴力的、性的、猟奇的な内容の漫画やビデオを多数所持していたことから、同様の指摘をするジャーナリストがいた。

しかし、これは短絡的過ぎる。
思考停止してる人は、直ちに規制すべきという。

酒鬼薔薇事件の少年や宮崎勤サザエさんを毎週日曜の食事時にみてたら、サザエさんを放送するなとか言い出すのだろうか?
さすがにそこまでは言わないだろう。
もっとも、サザエさんの世界観はある種の狂気的なものを感じる人もいるだろう。明石家さんまが、昔テレビで、サザエさんの時間になるとサザエさんを観ろとインターホンを鳴らしまくるオバハンがいて困ったみたいな話をしていたが、サザエさんの影響力もなかなかである。しかし、これはオバハン個人がおかしいのであって、サザエさんの責任ではないというのが通常の理解ではないだろうか?

閑話休題

仮に、なんらかの漫画の影響を受けて犯行に及んだとして、その漫画を規制すればこのような犯罪が未然に防がれたのか?
これは難問だろう。
未然に防止できたのかもしれないし、防止できなかったのかもしれない。
いずれにしても、不確実な可能性で、表現行為を規制することは、憲法21条1項で保障された表現の自由との関係では違憲の可能性が高そうだ。

そういう意味では、このニュースの強制わいせつ罪の事件も同様のことが言えそうだけれど、一つ確かなことがある。
それは、強制わいせつ罪が傾向犯であるということ。

そういえば、近々、主観的超過要素として必要とされるわいせつ目的の有無が争点となった最高裁の判決が出そうで、判例変更されるかもしれない。

話を戻すと、傾向犯というのは、主観的傾向の表出が行為に現れている犯罪で、強制わいせつ罪の場合、簡単にいうとわいせつな内心を犯罪構成要件の要素とする犯罪類型である。

人は性的欲望があるけれど、ロリコンは一種の病気だと、個人的には思うのです(去年の司法試験論文憲法を思い出す……)。
実際、平成10年度版と12年度版の犯罪白書によれば、「強制わいせつ」「強姦」といった罪名が、再犯率の多い犯罪の上位にランク入りしている。
もちろん、これ以外にも覚せい剤事犯や殺人、強盗といった犯罪も上位。
しかし、殺人や強盗といったある種の明確な目的をもつ(確信犯的)犯罪とは異なり、強制わいせつや強姦は、性欲を自制できずにやってしまう犯罪類型だと思われ、これはどちらかというと覚せい剤使用の再犯に近い。
性欲の自制が効かない人間は一定数いて、漫画等を規制したところで、やっちゃうんじゃないかなと思う。
してはいけないことという理解をしつつ、性欲がそれを上回って犯行に及ぶんじゃないか?
再犯率の考え方やデータなんかも見方は難しいが、性犯罪者の再犯率を考えると、そう思ってしまう。
むしろ、その欲望をエロ本や風俗なんかで我慢できてる人なんかもいるんじゃないのか?

例えば、こんなデータがあるとしよう。

クジラックスという人の成年コミックを読んだ者が累計1万人いたが、模倣犯は10人だった。
そこで、立法で、この種の漫画等一切の表現物を規制した。
しかし、それまで現実の犯行に及ばなかった潜在的傾向犯1万人のうち、100人が小学生から中学生の女子に対して性的暴行に及んだ。

仮に、これが真実だとしたら、むしろ性的サービスを提供するメディアによって犯罪をある程度抑止できているとみることができる。

ここで、一番優先すべきは、未然に被害を防止する手段を講じ、もって被害者を出さないことだろう。

そこで、一度、こんな実験をしてみたらどうかなと。

一切のエロサービス禁止

エロ本やエロビデオはもちろん、風俗関係も一切禁止。
これを5年くらいやって、過去の性犯罪率と比較して、性犯罪が減少してたら、正解。性犯罪が増加してたら、この制度廃止して、根本から規制の仕方を考え直す。

もちろん、そんな簡単にはいかない。きっと今流行りの共謀罪以上に弊害が出てくるだろうから。
個人的には、効果が規制すべき利益を上回ってるんならいいんじゃないかと思う。憲法判例のような利益衡量的思考。
これは、死刑制度に対する個人的見解と似ている。
死刑制度によって死刑廃止された状態よりも殺される被害者が少しでも減るなら、存在意義がある。

だって、無辜の民が殺されることが一番防止されるべきだから、殺した人はその責任を負うべき。

死刑制度がほんの少しでも抑止力になるのであれば、十分に意味がある。

エロサービス禁止制度も、これによって弱い立場の未成年の女性が守られるならば、十分に意味があるといえる。

もっとも、個人的な予想としては、これは逆効果になるかもとは思う。
それが冒頭に指摘した「傾向犯」という犯罪の特徴。

街中で若い女性をみてムラムラしたおっさんが、風俗に行ってその性欲を発散。
これができなくなったおっさん。
我慢しきれずに、女性を襲う。

こんな犯罪が増えるんじゃないかなと。
まぁ、やってみなければわからない。が、こんなおっさんいっぱいいそうじゃないかと思う次第であります。

ロリコンも同じで、漫画等の情報媒体でその性欲を発散できてた人も、我慢しきれずに実在する幼女を襲う。
これまで犯行に及んでいなかった潜在的宮崎勤が、エロサービス禁止によってリアル宮崎勤に変貌する。

そんな未来も予想できる。

以上はすべて仮定の話。どうなるか実際わからない。
しかし、性的なサービスが一定の性犯罪を抑止しているとすれば、性的サービスも一定の価値があるのかもしれない。
headlines.yahoo.co.jp
このニュースによると、

漫画家は「少女が性的被害に遭うような漫画は今後描かない」と了承したという。

しかし、これによって問題が解決したと考える方が危うい。
後述のとおり、別に漫画以外の情報によって怪しまれずに自宅に侵入する方法を得られれば、この犯罪者は目的を達成していた可能性もある。
むしろ、この人の漫画が唯一無二の性的発散ツールだったという奇特な人が、自粛されることによって現実の犯行に及ぶという可能性をゼロといえるだろうか。
この事件のマンガ家が「少女が性的被害に遭うような漫画は今後描かない」といったところで、それを欲する人は代替物を探すんじゃないか?この種の漫画すべて規制によってなければ、実際の犯行に及ぶ可能性もあるんじゃないか?

一体全体何が真実かはわからない。
だから、少なくとも、「少女が性的被害に遭うような漫画」を一回規制してみればどうだろうか。
少女が性的被害に遭う確率が減るならやってみる価値はあるだろう。
逆に、こういう漫画が性犯罪者の抑止に役立つなら、むしろ性犯罪者候補のみなさまに奨励していくスタイルもありうるのかもしれない。

模倣の対象をすべて規制すべき?

冗談はこのくらいにして、模倣犯の問題をどう考えるべきか?
一見、模倣犯なのだから、模倣のヒントである媒体を規制すればいいのではないかとも思う。
確かに、その媒体を規制しておけば、「その媒体の模倣は」しなかったのかもしれない。
しかし、残虐なゲームによる悪影響によって暴力行為をふるうみたいなのと似てて、そんな犯罪を実際にする人間って世界には一定数いて、メディアを規制したところで、似たような結果を発生させるんじゃないだろうか?
ただ、その性欲を満たすヒントがある種の情報媒体だったというだけに過ぎない。
そう見るのが正しい見方じゃないかなと。

模倣犯抑止目的の表現規制は正しいのか?
そもそも、「模倣犯をゼロにする」なんてことは可能なのだろうか?
このニュースによると、「放射能検査」と称して女児宅に侵入したという。模倣行為はわいせつ行為を達成するための手段なんだろう。

よく小学校で、帰り道に「飴ちゃんあげるからこっちおいで」というオッサンには気をつけろとか言われた。
そんなオッサン怪しすぎる。
しかし、オッサンもアホではない。どうすれば怪しくなく装えるか考えるだろう。
そうすると、模倣の対象は「いかに怪しくなく、いかに接触しやすい状況にできるか」ということになる。
この時点で、もはや模倣は性的な行為そのものではなく、そのための手段に過ぎない。
刑訴法の勉強なんかしてても、警察が薬物事犯で宅配業者を装って玄関のドアを開けさせたりするが、そういうことすらも模倣の対象となる。
だからといって、警察にこれを止めろという人はいないだろう。
推理ものの小説なんて、この手のヒントがたくさんありそうだ。
父親に勘当されて自宅に帰れない。バレないようにうまく自宅に侵入する方法なないだろうか?」という質問をして、友人からそのヒントを得ることもあるだろう。
あらゆる表現行為、表現物にはこのような模倣のヒントが常にあるといえる。
だから、漫画だけ規制しても無駄だろうし、だからといって友人にこの種の相談をすることをも罪とするというのは、共謀罪どころの話じゃないだろう。

園田寿先生が次のように指摘している。
www.bengo4.com

「車があふれている日本では、毎年数千人が亡くなっている。たとえは悪いかもしれないが、リスクを抱えながら、社会は存在している。もちろん、信号の数を増やしたり、道路を整備する、交通安全教室を開くなど、リスクを低減する努力は必要だ。しかし、そのリスクをゼロにするのは不可能だろう。

模倣犯についても、ゼロにすることは不可能だ。むしろ、模倣犯のことを考えるあまり、『表現の規制』に公権力が介入すほうがリスクが大きい。日本の社会は、自由な情報の流れの上に、いろいろな制度が構築されている。民主主義にとって最良の方法だ。

表現の自由は絶対的ではなく、何でもかんでも表現していいわけでない。本当にやむをえない場合に限って、公権力が表現物に介入することが例外的に許されている。たとえば、直接個人攻撃している場合、青少年の健全育成に問題がある場合、わいせつ物などに限られている。それ以外で介入してくるのは、表現の萎縮をうむ。そのほうが有害だ。

今回は作者に対する『要請』というかたちをとっているが、かなり威圧的な効果があると思う。こういうことが繰り返されるようだと、表現そのものに対して、萎縮効果が出てきて、この社会の発展にとって好ましくない。今回は大変な問題で、警察は勇み足じゃないかという気がする」

表現行為を規制するだけで、このような犯罪者が生まれないのであれば、規制すべきと考える余地はある。
仮に、表現の自由の価値を無視したうえで、被害者がゼロになるというのであればありうる手段かもしれない。

しかし、社会において人間集団が個々の表現行為でどのような影響を及ぼし合っているのかは未知数であって、その内容も善悪は関係ない。
その意味では、園田先生が指摘するように、「模倣」のみをゼロにするのは不可能といえるだろう。
上述の通り、この事件で模倣されたという内容は「放射能を調べる調査をしたいから入っていいですか」などと騙って女子中学生宅に侵入したという点。
このような行為が模倣の対象なのであって、犯行者にとっても最も重視していた点じゃないだろうか?
女子中学生の家に侵入してわいせつな行為をしたいという目的があり、その手段を講じるため、ヒントを探していた場合、そのヒントが刑事訴訟法判例集であるかエロ本であるかは、この人にとってはどっちでもいい話だろう。要は、怪しまれずに自宅に侵入する手段を得られればいいのだから。
そう考えれば、ただ参考にした漫画だけを規制しても、代替手段はいくらでもありそうだから、規制しても意味はなさそうだ。
つまり、この漫画を規制したところで、実効性はほとんどないといえる*1
このマンガ家もこの種の漫画を描かないことを誓約したようだけれど、これによってより我慢のできない潜在的宮崎勤が失望して実際に犯行に及ぶかもしれない。
仮にそんな事態になったとしても、当然だけれど、このマンガ家に非はない。むしろ、そうなれば、このマンガ家がこれまで犯罪抑止に貢献していたことが証明されるだけだろう。

インターネット社会における寝た子を起こすなという考え方

こういったエロ本は「成年誌」とも言われ、成年しか見ることができないとされる本だ。
若いうちに「寝た子を起こすな」といった考えがあるのかもしれない。
しかし、このインターネット社会において規制するのにも限界があるだろう。
むしろ、若いうちから、情報に踊らされて犯罪者にならないように、自制できるようにするための教育のほうが重要じゃないかと思う。
「他人に迷惑をかけることは絶対にしてはいけない」
そんな当たり前で、単純で、基本的なことを実践できるようにするのが重要。
人の集団である社会における最も大事なルールを守れる人間になれなければ、水際でわいせつ表現を規制したところで、無意味だろう。
行為規範として犯罪を規定しても、自制の効かない人間は容易く法を無視して、自己の欲望を満たすために犯罪行為に及ぶ。
例えば、治安が良い場所とか悪い場所とかも、別に警察機構がしっかり機能しているかどうかよりも、その場所で生活している人間の在り方のほうが治安の良さを左右するんじゃないだろうか?
つまり、悪いことを認識して自制する能力を欠く人間が多ければ、治安は悪く、犯罪も多い。
粗暴なオッサンが、酒を飲んでより凶悪化して暴力をふるうなんてのをイメージするとわかりやすい。

そんなオッサンにならないように、常に自制できる能力が人間にとって最も重要じゃないか?

その意味では、青少年の健全育成という名目での表現規制よりも、どうすればこの湯水のように濫れる情報社会において、情報の悪影響を受けない耐性を身につけられるかのほうが、重要といえるんじゃないか?

いずれにしても、このマンガ家が漫画を描かないというだけで、すべてが解決したといった思考停止に陥ってはいけない。
どうすれば、こういう犯罪を防止できるのかを現実的に考えるべきだろう。
特にマスメディアは、わいせつな漫画が模倣されたことや、その規制や表現の自由の問題を抽象的に指摘するだけにとどまらず、もう少しつっこんで考えるべきだろう。
ただ「規制すれば問題は解決」という前提は、思考停止だ。
確かに、解決するかもしれないし、解決しないかもしれない。むしろ、悪化するかもしれない。そういう可能性を視野に入れた議論をすべきだろう。

そういう意味では、捜査機関の今後の対応はまったくもって思考停止。

 捜査関係者は「表現の自由との兼ね合いもあって難しいところだが、子どもを狙った悪質な事件で、社会に与える影響を考慮して申し入れを行った。今後、ほかの作者の作品が模倣されて犯罪が発生した場合も、同様の申し入れを行うことを検討したい」としている。

こんなことをして、犯罪が防止できると本気で思ってそうで、もう少しよく考えたほうがいいのではないか?と言わざるを得ない。

少女の性的被害を好む内心の自由

少女が性的被害に遭う漫画が好きとかいうキモいオッサンは牢屋に入っておいてくれればいいと思う人は少なくないんじゃないだろうか?
小生も、その気持ちは十分にわかる。これも人としての価値観だろう。
しかし、価値観というのは善悪問わず、人に備わっているもので、それがたまたま多数者にとって不愉快だからという理由で、一方の価値観を他方に押しつけたり否定したりすることは、あってはならない。
要するに、個人が自由に内心で思うことや価値観は尊重すべきだって話。これが憲法19条で保障されていること。

制度で、多数者が不快に思う価値観だからといって、その不快の原因となっている表現物を規制することは、多数者による少数者への価値観の押しつけだろう。
確かに、ロリコン好きな漫画がなくなっても困らないし、むしろそういうのを好きな人が減ればいいから、それを規制することは問題ないともいえそうだ。
しかし、憲法を勉強するとそう言ってられない。やはり、内心にとどまる限りにおいて100%個人として尊重され保障される。
そう。だから、ロリコンキモヲタ野郎が嫌いというのも内心にとどまる限り自由だし、幼女大好きという価値観も内心にとどまる限り自由ということになる。そして、個人として、そういう価値観に基づいて社会的な行動をすることも、他人に迷惑をかけない限り、それはやはり自由ということになる。

結構前に書いたことがあるけれど、尊厳死出生前診断もそう。こういうのって、好き嫌い結構分かれる。
しかし、最後は自分の問題なのだから、どちらか規制すべきというのは、一方のみの価値観を国が保護して、他方の価値観を国が否定することを意味する。
他人に迷惑をかけない限り、どちらも尊重しなければならない。少なくとも、尊厳死するなとか、出生前診断するなとかいうことを、赤の他人が言うのは、価値観の押しつけでしかない。
この種の事件があると、漫画やアニメ、ゲームの規制がしばしば指摘されるけれども、規制して欲しいという価値観の押しつけだけではだめで、正当化するに足りる根拠が必要だろう。
そのためには、犯罪行為抑止の因果関係が最も重要だろう。上述の通り、模倣手段が代替できるチャンネルがあれば、規制手段としては目的との関連性を欠くことになる。
重要な点は、犯罪行為と漫画等の因果関係ではなく、犯罪行為抑止と漫画等の表現規制との因果関係。たまたまひとつの漫画を模倣したような今回の事件のような場合、別のチャンネル(情報)から模倣の可能性がある限り、当該漫画を規制しても効果は十分に得られないからである。

個人的には、漫画なんてただの絵なわけで、これが実在の児童の代替というのであれば、実在の児童が性的サービスの対象とならずにすむ点で合理的かなと思う。児童という対象も含めて、こんなんで性的に満足できるというのは理解できないけれども、性的嗜好なんて人それぞれなのだから、他人がとやかく言うような野暮なことはしてはならない。
むしろ、漫画ではなく実際の児童じゃないととか言って、中学生にわいせつ行為をする人を積極的に取り締まって、強姦罪なんかは全員去勢という刑罰を科せば、再犯率もグッと減って良いことずくめじゃないだろうか?懲役刑なんて性欲を貯めるだけで逆効果だと思う。
死刑という最大の人権剥奪の刑罰があるのだから、死ぬよりましな去勢も認められていいと思うんだけれどなぁ、とかいうと、人権侵害と言われる。納得いかない。

まぁ、なんというか、内心にとどまってて、漫画みて妄想するだけなら自由って話。

その代わり、犯罪行為の刑罰は去勢で。

あかんか?

*1:相当洗練された完全犯罪でもはや誰も思いつかないような内容で、それを見た潜在的傾向犯がすべからく真似をしたくなるといったものならば別かもしれない。しかし、その場合においても、犯罪結果が発生しなければ、その因果関係も不明だから、表現の自由を規制するにも、その内容や方法は難しいだろう。