民訴法論文における既判力が「及ぶ」と「生じる」の書き分け
おいすー
にーやんです。
既判力
既判力って難しいよね。
ということで、今回も既判力のお話。
ところで、皆さんは、勅使川原和彦先生のことをご存じだろうか?
通称テッシー
テッシーの『読解 民事訴訟法』という本がなかなかおもしろい。
何がおもしろいって、次のようなわけわからない民訴の世界に浸れるところだ。
テッシー『読解 民事訴訟法』152頁
「仮面ライダーに変身することと,変身後の仮面ライダー(注1)がライダーキックを誰彼構わずお見舞いしまくることを,同じだと考えていないか?」
となんともビミョーな喩えで説明して学生に呆れられているが,既判力が「生じる」(仮面ライダーに変身する)ことと既判力が「及ぶ」(ライダーキックをお見舞いする)ことは違うのである。仮面ライダーがライダーキックをお見舞いするのは,ショッカーに対してだけであり,既判力においては,前訴と後訴の訴訟物が「同一関係」「先決関係」「矛盾関係」のいずれかにある場合にだけ作用する(=効力が「及ぶ」)とされているのである。
しかし学生の答案では,とにかく無辜(むこ)の一般市民にライダーキックをお見舞いしまくるものが意外に多いのである。
注1)仮面ライダーを知らない方のために簡単に補足すると,仮面ライダーは人類を守る正義のヒーローで主人公が変身して超人的な能力を得た姿であり,ライダーキックはその必殺技。ショッカーは地球征服をたくらむ悪の組織とその戦闘員である(原作漫画:石ノ森章太郎,@石森プロ・毎日放送・東映)。
意味不明である。
そして、お見舞いしまくりである。
ここでテッシーが言いたいことは、とにかく既判力が「生じる」場面と、既判力が「及ぶ」場面は違うんだ!ってこと
既判力は,判決が確定すれば常に「生じる」が,後訴においてその効力が常に「及ぶ」とは限らない
と、テッシーは指摘する。
この点を意識せずに、学生が間違った答案を書く!と激おこ(?)のテッシー
その具体例が掲載されており、とても参考になる。
問題(簡略化)
Xは、Yに対し、300万円の中古車の売買代金の支払を求め裁判所に訴え(前訴)を提起したところ、Yは錯誤無効による売買契約(以下、「本件売買契約」という)の無効を主張したが、Xの請求を全部認容する判決が確定した。Yは、300万円をXに支払ったが、本件売買契約は無効であると主張して、Xに対して後訴を提起し、不当利得に基づく300万円の返還請求を提起した。
後訴の受訴裁判所は、Yの訴えや主張をどのように処理すべきか。
解説
まず、後訴は前訴の既判力が作用する場面で争いのないところだけれども、これを理解するには、不当利得返還請求の要件事実を理解する必要がある。
一般には、次のように理解されている(要件事実マニュアル2第4版231頁)。
① 原告の損失
② 被告の利得
③ ①と②との因果関係
④ ②が法律上の原因に基づかないこと
脱線するが、④は規範的要件(評価的要件)である点に争いなく(伊藤滋夫『要件事実の基礎 ―裁判官による法的判断の構造―新版』243頁)、④の評価根拠事実が要件事実となる(前掲伊藤243頁、吉川愼一「不当利得法と要件事実」ジュリ1428号43頁以下)。したがって、事実のないことの立証責任を課すことを意味しないので、これを根拠に請求原因ではなく、抗弁とすべきという主張は、前提を誤った主張といえる(もちろん、事実概念と位置付ければこの主張は成り立ちうる)。
話を戻すと、問題の事例に即して後訴の請求原因を考えると次のようになるだろう。
ア YはXに300万円を本件売買契約の代金として支払った
イ 本件売買契約においてYの意思表示に錯誤があった
ウ イが売買契約の要素に関するものであった
本当は、どのような錯誤かを具体的に摘示するが、本問では明らかではないので、この程度でひとまずOK
アは不当利得の要件事実のうち①~③の摘示で、イウが本件売買契約の錯誤無効の主張であり、アが法律上の原因のないことの評価根拠事実(④)である。つまり、イウによって本件売買契約が無効だとYは主張している。
これは、無効な本件売買契約ゆえ、XのYに対する本件売買契約に基づく代金支払債権がないのにYはXに300万円を支払ったことを指す。
ここで、前訴を振り返ってみると、前訴でなされた既判力のある判断とは、「XのYに対する本件売買契約に基づく代金300万円の支払請求権の存在」である。つまり、「XはYに対して本件売買契約に基づく代金支払債権がある」という判断に既判力が生じているのである*1。
というわけで、訴訟物は前訴と後訴で異なるものの、後訴の請求原因をみれば、前訴と矛盾関係にあると理解するのが通説である。つまり、前訴の既判力ある判断である「XのYに対する本件売買契約に基づく代金支払債権がある」という内容と、後訴の「XのYに対する本件売買契約に基づく代金支払債権がない」というYの主張は両立し得ない関係であり、矛盾するというものである。
以上から、後訴裁判所は、前訴の既判力が作用するため、XのYに対する本件売買契約に基づく代金支払債権があったとして後訴請求を判断しなければならない(既判力の積極的作用)。
したがって、前訴の既判力に反するYの主張は認められないことになり、後訴裁判所は請求を棄却することになる(却下ではない)。
で、テッシーが誤答として挙げているのが次の例。
誤答①
Yの主張する後訴の訴訟物は「YのXに対する不当利得返還請求権」であるが,前訴の既判力は,「XのYに対する売買代金請求権」が存在することに及んでおり,同一当事者間でこの主文中の判断に矛盾する主張をYがすることは,既判力の消極的効力により遮断される。後訴でのYの「売買契約は錯誤無効」との主張は,前訴の既判力ある判断に矛盾するから,許されず却下される。
小生は、一見これを見たとき、何がダメなんだろうと思った。
そこで、テッシーのダメ出しをみてみる(153頁)。
誤答①は,相手も確かめずライダーキックをお見舞いしたら相手がたまたまショッカーであったに過ぎない,という,正解として点数を与えがたい答案である。
意味不明である。
しかし、それは、この部分だけみればの話。
テッシーはちゃんと説明してくれているのだ!!!!
誤答①は,その(無辜(むこ)の一般市民にライダーキックをお見舞いしまくる)典型例である。前訴の訴訟物と後訴の訴訟物との関係が,「同一関係」「先決関係」「矛盾関係」のいずれかに該当することを論じてから(相手がショッカーであることを確認してから),既判力が及ぶことを言えばいいのであるが,とにかく前訴確定判決に既判力が生じている(仮面ライダーに変身している)ことだけを述べ,後訴が既判力の及ぶ対象なのかをまったく検討せずに,いきなり相手構わず既判力が作用して主張が遮断される(相手が誰かを確認せずにとにかくライダーキックをお見舞いする)ことを導き出そうとする。
……後訴について既判力が及んでいる場合に初めて,既判力の効力なり作用なりが論理的に登場できるのである。
要するに、仮面ライダーに
へんし~んっ \(0\0)ゝ
って感じ。
これは置いといて
つまり、後訴が前訴との関係で訴訟物が、「同一関係」「先決関係」「矛盾関係」のいずれかに該当する場合のみが既判力の作用する場面だから、このいずれかに該当する関係を論じれば、必然的に前訴の既判力が及ぶ場面であることを論証でき、逆にこれを論じないで既判力が及ぶというな!ということだろう。
前訴の訴訟物との関係が「同一関係」「先決関係」「矛盾関係」のいずれかに該当する訴訟物である後訴だけ、テッシーはショッカーといい、既判力は後訴がこの関係にあるショッカー
もっとも、どれだけの人が既判力の及ぶ場面で、訴訟物の関係をきちんと論じて3つのうちどの関係になって既判力が作用する場面かを論じる人がいるのかなと、ふと思った。
たしかに、この3つの場面でだけ既判力が作用するというのだから、これを論じなければ既判力が作用して請求・主張が既判力に反して遮断されるかは論じられないともいえそうだ。今後はできるだけ既判力の作用する場面を特定していこう。あまり意識せず誤答①のような答案を書いていたような気がする(汗)
と、まぁテッシーは色々と答案についてダメ出しするのと同時に、誤解を招かない答案の表現も色々指摘してくれていて、非常に参考になりました。
ちなみに、既判力の作用が3つの場面に限られるというのは、どの本にも書かれていて、3つの場面以外の例がないのでなんとなくはわかると思いますが、これは前訴と後訴との関係が一定の関連性がある場合にのみ既判力が問題となるためです。
このことは、河野正憲・民事訴訟法571頁で次のように説明されています。
既判力の作用は,前の訴訟の審判対象及びそれに対する裁判所の判断と,後の訴訟の審判対象との間で一定の関連性が存在する場合にはじめて生じる。このような関連性は,①両訴訟の訴訟物が同一の場合に典型的にみられる。しかし,その他にも,②前の訴訟の訴訟物が後の訴訟の訴訟物である法的関係の判断の前提問題を形成し先決・後決の関係にある場合,③両訴訟の訴訟物自体は異なるがその権利関係が実質的に矛盾する場合にも既判力が及ぶとされる。
これで既判力の問題で差がつきそう(願望)
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*1:一般に債権には給付保持力や訴求力といった効力があり、売買契約に基づく代金支払請求として裁判所に訴え、これが認められている時点で訴求力ある代金支払債権であることを意味する。