にーやんのブログ

三振したにーやんが再ローを経て司法試験に合格した物語である

ロースクールの選び方。の巻

元気ですか?

にーやんです

今日は、再ローを考えている人の参考として、ロースクールの教員についての個人的な感想を書こうかなと。
というのも、ロースクールを二回行った小生の実感として、やっぱりロースクールによって教育環境が違ってて、試験勉強のしやすさとか色々と、これからロースクールに行く人にとって参考になることもあるかもしれないので(ないかもしれない)。

小生の経験上、ロースクールの教員の中でも、特に司法試験の委員をやってた人は、どこのロースクールでも概ね人気。
例外的にたまにそうじゃないパターンもあるかもしれないけれど、それは相当教え方が下手なんだろう(自分の経験ではそういう先生はいなかった)。
司法試験委員やってた人はただ知識があるだけではなく、出題のポイントなんかも熟知しているから、どういう部分が重要とされるのかっていう傾向もたぶんよくわかってて、だから受験生の求めるものと一致するのは必然。
きっとそういう理由もあって、人気なんだろう。

というわけで、ロースクールに行くなら、司法試験委員(経験者)が多いところが絶対にいい。

中央なんかは東大学者が定年を経て集まってるのもあって、いい先生がそろっているんじゃないかなぁ?
近年では刑法の大家、井田先生(イケメン)がいるし、最高でしょう。
小生はずっと前田結果無価値で勉強して、最近、山口先生の基本書や橋爪先生、佐伯先生なんかの法教連載を読むくらいで、まだまだ井田学説をマスターしていないので、また勉強しようかなと。

脱線しますが、最近、中古の学者本を買いあさるのが趣味で(こんなことしてるからなかなか受からなかったんだろう)、論点講義シリーズの刑法各論を購入。ケーススタディ刑法も。
両書ともケースメソッドで、抽象的な議論が多い部分も具体例を通じて理解できるので、試験対策にも有効だろうなと。

刑法各論 第2版 (新・論点講義シリーズ 2)

刑法各論 第2版 (新・論点講義シリーズ 2)

ケーススタディ刑法 第4版

ケーススタディ刑法 第4版

そういえば、井田先生が法学教室で連載していた「ゼロからスタート大刑法 “超” 入門講義」は結構読んでて、これが「入門」と言っているけれども、めちゃくちゃ参考になる!
今は書籍化されて「入門刑法学」となって出版されているけれど、超おすすめ。初学者だけではなく、中上級にも参考になることがいっぱい。
しかも、書籍化にあたって法教の叙述と異なる部分もあり、かなり工夫されたんだろうなということもうかがえます。

入門刑法学・総論 (法学教室ライブラリィ)

入門刑法学・総論 (法学教室ライブラリィ)

入門刑法学・各論 (法学教室ライブラリィ)

入門刑法学・各論 (法学教室ライブラリィ)


おっと閑話休題

あと、やっぱり実務家教員が充実しているところに行ったほうが良い。
司法試験を合格しており、試験対策という視点から教えるので、やはり受験生の求めるものと一致する。

二回目のロースクールで、一回目よりも実務家教員が充実していたのは良かったと思いました。
中には受験生よりも試験対策している教員もいて、さすがだなと関心しました。
その先生は過去問を時間を計ってちゃんと答案作成したりしてました。教員があの苦労を理解しているというのは、かなり大きいんでしょう。試験の感覚からどう書くべきかということを意識してました。

また脱線ですが、ロースクールが崩壊の危機とか言われたりする昨今、ロースクール制度がダメというのはちょっと違うんじゃないかと思います。
法曹を養成するための教育に特化してきちんとやっているところはやはり合格率も良いし、そのことをちゃんと理解できているロースクールは法曹を目指す者にとって素晴らしい教育環境です(まぁ2~3年でそれをやり遂げるのはなかなか難しいと思うけれど……)。
ロースクールが始まって三期の既修で一回目のロー生活をした経験から言えば、法曹を養成する、実務家にとって必要なことを教える、そういったことが教員の意識としてまだまだ希薄だった教員もいました。
学部と法科大学院では、法律を教えるといっても、その実質はまったく違うということです。
法学研究科の修士課程も行っていた小生はそのことはとても実感しました。
中央大学の実務家出身の憲法学者である棟居先生の「学説はゴミ、判例は神」という言葉が象徴しているように(まぁ言い過ぎと思いますが笑)、研究者は判例を批判の対象と捉える傾向があった。
司法試験は学者を養成する試験ではないので、超偉い先生の提唱する有力説を知っているかどうかは問題じゃないし、それで合否が分かれることはない(もちろんそういう偉い先生の考えが司法試験で参考にはなることも少なくない)。
今の司法試験の問題を合格者レベルで解けるようにするには、まず判例・通説。そして、要件の的確な当てはめ(加えて、答案の書き方なんかもあるが、それは自分自身で確立するものだと思う)。
主要論点において、そういうことを教えるだけでもロースクールの授業だけでは時間が足りないのが現状だろう。
ましてや、学者の自説(1人説)を唱えている暇はない。

もっとも、本来の大学という機関は研究機関であって、従来からある修士・博士課程なんかがそう。法学部も同様に本来は研究者を養成するためのもの。
研究においては、必然的に学者の論文や個々の考え方の当否を検討することが中心になる。
判例はその土台。問題提起のきっかけに過ぎないとみる学者が一昔前では普通だったんじゃなぁ。

ただ、ロースクールが始まって、法学者も判例・実務を批判対象だけではなく、その価値を重視しだしたんじゃないかなと。
もちろん、これまでも判例を無視してたわけじゃなく、むしろ刑事系なんかは判例の考え方を重視してた部分も大きい。

この変化が顕著なのは憲法だろう。
昔の主要判例も「今までの理解おかしくね?読み方ちがくね?」のような。森林法違憲判決のあれとか。

何が言いたいのかというと、ロースクールによっては、旧態依然の法学部の延長で教えていた学者もいたということ。そしてそれは、司法試験対策という観点からは有害になることもある。
というのも、実務家はやっぱり法律という明確な絶対的なルールに従う。そして、学説がなんと言おうとも、それが最高裁判例に反するものはまず相手にしない。
というと、少数説で頑張る先生には、「将来変更される可能性がある!」と鼻息を荒げて顔真っ赤にする先生もいました。まったくもってその通りです。
特に近年の違憲判決に顕著で、例えば女性の再婚禁止期間の違憲判決なんかはこれまで憲法民法双方の学者から判例批判されてきたもので、まったくもって正当な主張だった。

ただ、判例変更のような実務において超例外的なことは司法試験に合格してから考える最先端な問題(上述の再婚禁止期間のように従来から判例と通説が対立している問題もあるけれど)。司法試験合格のさらに上のレベルなんじゃないかなと。
やはり、判例ルールが確立してたりすると、それで実務だったりして、そこを理解できていないのは話にならないだろう。
いくらローマ法からの意思表示理論は間違いで、二元説を採用する動機の錯誤がおかしいとか言っても、相手にされない(個人的には二元説に対する批判の多くが適切なものだと思うが)。
完全に確立しちゃってて、判例変更することなく問題なく実務は運用されているから。

そういう論点に関しては、やはり判例のルールを教えるのが実務家登用試験に合格できるように教育するロースクールの先生の第1の役割なんだろうなと。
判例の立場が明確じゃないものも少なくない。そこで出てくるのが通説の理解。
司法試験も、判例・通説に従って解くように作られているのはそういうことなんじゃないかと。

刑法の問題で、現行刑法においては共謀共同正犯の理論を採用することは罪刑法定主義の見地からできない、なんてことを書いちゃうと、もう当てはめの点数は皆無。もうボロボロ。
関西にはまだまだ根強い共謀共同正犯否定論?
学者の頭ではきっと正しい考えだろうし、条文からすると素直かもしれない。
だからといって、そういうことをロースクールでお勧めしちゃうと、特に未修の人はかなり可哀想なことになってしまう。
さすがにロースクールでそういう先生はいない(少なくとも自分が教えてもらった先生は)。

具体的事実の錯誤でも、判例は法定符合説が確立しているけれど、学説では具体的符合説が極めて有力。
具体的符合説の考え方は参考になるし、教えるべきではないとは決して思いません。
しかし、法定符合説からなる判例の立場をしっかりと理解した上で、または理解するために具体的符合説の考え方は参考にとどめるべき。
というのも、具体的符合説でも事案によっては符合を認める立場と認めない立場があって、そういう面倒くさいことも含めてきちんと理解しておかないと、答案でかなり適当な当てはめになりかねないから。
そして、そういう面倒なことを分量を割いて論じたところで点数に差は生じないので、試験対策的にメリットなし。

実際、一回目のロースクールでは偉い先生が具体的符合説を推していて、未修の人はその先生に教わり、その先生の教科書を使って勉強していたため、まじめで優秀な未修の人ほど具体的符合説を自説としていました。
繰り返しますが、それが絶対にダメということではありません。判例を理解した上で、時間的余裕のない刑法で具体的符合説に立って説得的に書ける自信があれば、まったく問題ないでしょう。
ただ、全科目そういうことやってたら、勉強時間がいくらあっても足りないんじゃないかなと、小生のような凡人は思うわけです。
答案もうまく当てはめできるのだろうかと。

そういう努力よりも、判例の立場を前提として、限界事例を考えたり、射程を考えたりしたほうが、実務家登用試験の対策としては意義ある勉強かなと。
確立した判例があるのに、それに反する学説を言い出して問題を解決しようとするのは、なんか問題を正面から解決しないで逃げてるような感じもします。
研究者も一時期考えていた小生にとっては、そういう考え・学説の重要性は否定しませんが、やっぱり実務において使えるものでなければ無意味かなとも思うようになりました。
例えば、山中敬一先生の客観的帰属論。いや、これ以上はやめておこう。
ちなみに、山中先生のぶっとい刑法総論と「刑法における客観的帰属の理論」は因果関係に関する部分をざっと読みました。きっついです。類型化は手段であって、目的ではな……いや、これ以上はやめとこう。

刑法って実は奥が深いため、司法試験の対策としてはある程度割り切ることが必要な科目。
残念ながら学問としては深入りしないのが司法試験対策のポイントだったりする。

そう考えると、刑法の先生はロースクールの授業はあまりおもしろくないかも(汗)

まぁ以上をまとめると、やっぱり上位ローの試験委員(経験者含む)の多いロースクールを目指すのが無難だなと。
奨学金目当てで下位ローに再ローで行って合格した人も知っているので、経済面も考える人もいると思いますが、合格だけを目的とするなら、やっぱり一橋!そして、東大、京大。私立だと、慶應、早稲田、中央といったところが良いロースクールだと思います。

小生のような再ロー生も最近では少なくないと思うので、参考になれば幸いです。