にーやんのブログ

三振したにーやんが再ローを経て司法試験に合格した弁護士の物語である

H29民訴論文設問3 再考――法的性質に既判力が生じるという意味(補足)

H29民訴論文設問3では、売買契約の成否及びその額には前訴の既判力が及ばないという点については、以下の記事でみました。

nihyan.hateblo.jp
nihyan.hateblo.jp

小生の説明不足からか、正確に伝わっていないようです。申し訳ございません。
ご質問を受けました。

受験生
 すいません 質問なんですが にーやんさんは「売買契約に基づく」という部分を訴訟物を特定するための手段に過ぎないという趣旨の書き方をされていましたが 民訴法114条1項の主文に包含する範囲は訴訟物を指すのが通説ですよね そして旧訴訟物理論は実体法上の請求権を識別基準にするのだから「売買契約に基づく」という部分は旧訴訟物理論に立つ限りは訴訟物そのものですよね 普通に考えたら売買契約の締結は判決理由中の判断で既判力は生じませんが「売買契約に基づく」という部分も既判力をもって確定されそうなものですが この当たりがよくわからないのです

>旧訴訟物理論は実体法上の請求権を識別基準にするのだから「売買契約に基づく」という部分は旧訴訟物理論に立つ限りは訴訟物そのもの
おっしゃる通りです。が、訴訟物の意味の捉え方が問題です。この部分をもって、「売買契約の成立という訴訟物に対する判断がなされる」とすれば、それは間違いです。

>普通に考えたら売買契約の締結は判決理由中の判断で既判力は生じませんが「売買契約に基づく」という部分も既判力をもって確定されそうなものですがこの当たりがよくわからない

「売買契約に基づく」という部分も既判力をもって確定されるの確かですが、その意味が問題です。
結論からいえば、既判力をもって確定されるのは、判決理由中の売買契約の成否ではなく、当該請求権が売買契約の権利であるという法的性質に関する部分です。

目次

「売買契約に基づく」という部分も既判力をもって確定されるという意味

まず質問についての回答

普通に考えたら売買契約の締結は判決理由中の判断で既判力は生じません

そのとおりですね!

「売買契約に基づく」という部分も既判力をもって確定されそうなものですが この当たりがよくわからないのです

まず、「売買契約に基づく」という部分も既判力をもって確定するかどうかはそもそも考えないでいいです。
仮に、「売買契約に基づく」という部分も既判力をもって確定するといったところで、実務である旧訴訟物理論では「売買契約締結の事実」という理由中の判断には既判力は生じないことには変わりはありません。実体法上の法的性質について既判力が生じると説明しても,この点は同様です。
結論から言えば,「売買契約に基づく」というのは、これによって代金支払請求権という「権利」があるかどうか、目的物引渡請求権という「権利」があるかどうかについての実体法上の根拠を示すにすぎないのです。
正確に言うと,「売買契約に基づく」という部分は実体法上の権利関係の法的性質を表すに過ぎず(この法的性質には既判力あり)、これは理由中の判断である売買契約の成立という事実まで既判力が生じるわけではないということになります。

ただ,わかりにくいというのも事実です。
普通に考えれば
「売買契約に基づく代金支払請求権なんだから、売買契約があったんでしょ」
となりますよね?
で、それ自体は正しい。売買契約に基づく代金支払請求権は、請求原因である売買契約締結の事実によって発生するんだから。
でも、既判力っていうのがどこに生じて、既判力が後訴にどう及ぶのかは別の問題。
当たり前の知識だけど重要なので再度繰り返すと、まず旧訴訟物理論である実務の考え方としては、民事訴訟法の決まり事として、売買契約締結の事実といった請求原因事実やこれに対する抗弁で主張される事実は、原則として、既判力は生じないというルールを決めたと考えているわけです(例外が相殺の主張)。
ここまでは共通理解として共有できているのだけれど
こんがらがるのは、既判力の実際の作用の場面です。

例えば,Xが主張するYに対する売買契約に基づく代金支払請求権が認められたというケースにおいて、後訴で、Yが
「売買契約の無効を主張して支払った代金は不当利得だ!」
と主張して、利得返還請求を提起した場合も、前訴の既判力によってこのYの後訴は遮断されます。
ここで、
「ということは、売買契約が有効だったから、売買契約の無効が主張できないとなったんだな!」
という誤解をしてしまうと、
「あれ?でも、売買契約締結の事実って理由中の判断だよな?売買契約の有効と売買契約締結の事実は違うってこと?」
など、上記の質問者のようにわけがわからなくなるわけです。
実は、この理解を問うのが、平成27年の司法試験の民訴法設問3だったのです。
まず、解答においては、このケースで、
① 売買契約締結の事実は理由中の判断であるから売買契約締結の事実に既判力が生じて、これによって遮断されるわけではない
② しかし、不当利得は前訴の既判力で遮断される
ということをうまく説明できなければなりません。
そして、既判力によって遮断される理屈は少し争いがあります。が、オーソドックスな説明としては、次のような説明です。

前訴においてXのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権について既判力が生じた。したがって、既判力の積極的作用として、後訴はXのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権が存在するということを前提として判断をすることになるところ、後訴のYの請求は、前訴のXのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権が売買契約が無効であったので、真実としては、XのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権は存在せず、したがって、法律上の原因がなかったにもかかわらず、売買契約に基づく代金を支払ったのであるから、Xが受領した代金は不当利得であるという請求である。
しかし、後訴におけるYの「XのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権は存在せず」という主張は、前訴の既判力の積極的作用として「XのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権が存在する」という判断を後訴でもしなければならないため、認められないということになる。

このように、法律上の原因がないことをYが後訴で主張するには、必ず「前訴のXのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権は存在しなかった」と主張せざるを得ないが、積極的作用としては、既判力によって「前訴のXのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権は存在した」と後訴裁判所では判断するため、Yの主張は認められないことになる。
これは、消極的作用から説明してもいい(そのほうが説明しやすいかも)。つまり、後訴では、「前訴のXのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権が存在しない」という主張は前訴の既判力の消極的作用によって遮断される。したがって、Yの「XのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権が存在しない」という主張は認められない(主張自体失当)、と説明してもいい。
このように説明することで、売買契約締結の事実について既判力が生じた・後訴に既判力が及んだといったことを言う必要もないし(すべきではない)、うまく説明できる。
採点実感(H27)でも、以下のように説明されている(相殺の事例なので問題参照のこと)。

反対債権が存在することを前提とした利得、損失及び因果関係についてのYの主張は、反対債権の不存在という前訴の確定判決の既判力に抵触し、後訴においては排斥されるといった、消極的作用による説明が成り立ち得るし、また、後訴裁判所は、反対債権が不存在であるという前訴の確定判決に拘束されるから、利得、損失及び因果関係に関するYの主張には理由がないとするほかないといった、積極的作用による説明も成り立ち得る。そして、例えば、前者であれば適法な請求原因の主張がないとして、後者であれば請求原因事実の主張はそれ自体失当であるとして、結局、Yの後訴における請求は棄却となると結論付けることができる。

上記のように理解するには、旧訴訟物理論である実体法説ということの意味を正確に理解する必要がある。
ポイントは、どういう実体法上の理由によって金銭支払請求権や目的物引渡請求権といった「権利」が発生するのか?言い換えれば、その「権利」がどの実体法上の根拠に基づいてどうやって認められるのか?ということ

旧訴訟物理論は、実体法上の個々の請求権(権利)を訴訟物の特定識別基準とする考え方で、実体法説ともいわれます(藤田広美・講義民事訴訟22頁)。
そして、判例・実務はこの説によっていて、実体法上の権利または法律関係(権利関係)に対する判断について既判力が生じると解されています。
実体法上の権利・法律関係は実体法上の権利ごとに判断されるので、請求認容され、または請求棄却されても、それが実体法上のどのような権利について判断されたのかが判決主文からはわかりません。
例えば、以前の記事でも解説しましたが、判決主文で「金○○支払え」という部分から金銭支払請求権の存在がある、つまり権利義務の判断(被告は金○○円支払う義務、原告はこれを支払ってもらえる権利があること)は明らかであっても、それが実体法上のどのような権利によるのか不明です。
そこで、判決理由中の判断と合わせて判決主文でいかなる実体法上の権利関係を明らかにして、それが結論的には「売買契約に基づく」権利だということになります。
しかし、ブログでも指摘したとおり、これは判決の理由中の判断である「売買契約の成立」について既判力が生じるわけではなく、法的性質が「売買契約」であることを意味するにすぎません。
伊藤先生も次のように解説されています(伊藤眞『民事訴訟法』第4版補訂版522頁)。

 判決理由中の判断そのものに既判力を認めることは、法が予定するものではないが、判決理由中の請求原因に関する記載は、訴訟物を特定し、判決主文中の判断の対象を特定する役割をもつ。特定された訴訟物は、実体法上の権利関係であるから、実体法上の属性、いわゆる法的性質も既判力によって確定される。

つまり、判決理由中の判断そのもの(本問の場合、売買契約の成否及びその額)に既判力を認めることは、法が予定するものではないということを大前提としつつ、判決主文で判断された権利関係が、いかなる実体法上の権利関係であるのか、という法的性質(本問の場合、目的物返還請求権が売買の権利であること)が既判力によって確定されるとしています。

例えば、所有権に基づく物権的請求後に敗訴した被告が、原告の所有権を否定して自己に所有権を確認する訴えを提起することは、前訴における所有権の判断が理由中の判断であることから既判力に反せずになし得るという点で新旧訴訟物理論で争いありません。
この場合に、前訴で「所有権に基づく」という判断にも既判力は生じているといっても、その意味が問題です。
上述のとおり、これは、実体法上の権利関係における法的性質についての意味であって、その具体的内容は、判決理由中の判断である所有権の帰属に関する判断に既判力が生じるのではなく、当該請求権が所有権の権利であるという、請求権(物権的請求権)の法的性質に既判力が生じるというに過ぎないということです(法的性質に既判力が生じる意味については以下参照)。

したがって、この所有権の権利である物権的請求権の存在を否定しない限り、既判力には生じないということになります。つまり、「所有権の権利」という部分を否定しない限り、訴訟物に対する判断と矛盾牴触しません。権利の前提の「所有権」は訴訟物ではなく、その派生した請求権である物権的請求権としての目的物の返還請求権、妨害排除請求権、妨害予防請求権の部分が訴訟物たる権利関係となります。したがって、訴訟物でない所有権の存否の判断に既判力は生じません。
だからこそ、後訴で前訴原告の所有権を否定するといった前訴の理由中の判断と完全に矛盾する主張が認められています。すなわち、これが、既判力が判決主文を包含する判断にのみ生じる(=理由中の判断には既判力は生じない)という意味といえます。
高橋宏志先生も、次のように指摘するところです。

所有権が再び前提問題として争点となっても、所有権者がどちらかについては既判力が生じていないから後訴裁判所は再審理をすることとなり、滅多にあることではないが弁論主義と自由心証主義により今度は前訴被告 Yが所有権者だと判決理由中で判断されることが起こり得る。これは違法ではない。のみならず、後訴が所有権確認訴訟であっても、前訴の建物明渡請求訴訟の既判力は及んでいかないから、後訴では判決主文で前訴被告 Y が所有権者だとされることが起こり得る。

このように、前訴と後訴とで同じ所有権が問題となっていて、前訴の請求で原告に所有権が認められるとされたにもかかわらず、後訴ではこれが否定されうる(可能性があるという意味)というのが、既判力制度の前提となります。
以上のことは、「売買契約に基づく」という判断でも同じように考えることができます。
藤田先生も、前訴の売買契約に基づく目的物返還請求が認容されて、後訴で前訴と同じ売買契約を前提として、これに基づく代金支払請求において異なる金額を主張することが既判力に反しないとしています。これは、上記と同様に、法的判断として前訴と後訴とで同じ売買契約であるにもかかわらず、前訴の請求で売買契約の成立が認められるとしても、後訴ではこれが否定されうるということを意味します。
つまり、「売買契約に基づく」や「所有権に基づく」という部分は、売買契約や所有権の存在を意味せず、判断された当該請求の権利の法的性質が売買契約や所有権の権利関係であることを意味するに過ぎません。したがって、訴訟物が「売買契約に基づく」や「所有権に基づく」請求権の存在が認められても、その請求権の前提問題(判決理由中の判断)たる売買契約や所有権の存在には既判力は生じないというのが、民訴法114条1項の帰結になります。

要するに、判決理由中の部分では後訴において矛盾牴触することは、既判力制度において織り込み済みということになります。ゆえに、判決理由中の判断である売買契約等の成否は、前訴の訴訟物と同一、矛盾、先決の関係にならない限り、蒸し返して争えるということになります(これが原因で、一定の場合には争点効などによって理由中の判断に拘束力を認めて紛争の統一的な一挙解決を図ろうという議論につながる)。
あくまで、既判力が作用し遮断効が生じるかどうかは、訴訟物たる権利関係を基準に考えるということが重要といえます。「売買契約に基づく」とか「所有権に基づく」といった文言は、その権利関係が実体法上のどのような権利関係なのかということを考える上で参考にするに過ぎません。

あえてわかりやすく整理すれば、

  1. あくまで訴訟物(審判対象)の判断は「目的物返還請求権の存否」であって、
  2. 目的物返還請求権という実体法上の権利の法的性質が売買契約の権利であるということに既判力が生じるにすぎず、
  3. この権利の判断における前提問題の売買契約の成立(売買契約締結の事実)は理由中の判断であって既判力は生じない

と考えればいいのではないでしょうか?

また、頭の中でだけ、あくまで訴訟物は
前訴:目的物返還請求権(売買)
後訴:金銭支払請求権(売買)
このように整理し、実体法上の法的性質を意味する「売買契約に基づく」という部分は無視すれば、後訴の金銭支払請求権が否定されるからといって、前訴の目的物返還請求権の存在と矛盾牴触しない(前訴と後訴の訴訟物は同一、先決、矛盾の関係にない)と理解しやすいのではないでしょうか?
もちろん、贈与契約に基づく目的物返還請求権と売買契約に基づく目的物返還請求権とは訴訟物が異なるので、前訴・後訴が同じ目的物返還請求権だとしても、その法的性質たる実体法上の権利関係は無視できない点には注意しなければなりませんが。
ですが、少なくとも前訴の目的物返還請求権と後訴の金銭支払請求権の間で、前訴の判決理由中の判断である売買契約等の成否に矛盾牴触する判断がなされても、それは前訴の訴訟物と矛盾牴触することにはなりません。

まとめると、「売買契約に基づく」という部分は実体法上の権利関係の法的性質を表すに過ぎず(この法的性質には既判力あり)、これは理由中の判断である売買契約の成立という事実まで既判力が生じるわけではない、ということになります。

法的性質に既判力が生じるという意味

もう少し詳しくいえば、法的性質に既判力が生じるという意味は、請求権競合で問題となります。同一事案で、債務不履行不法行為があるケースです。ここで、不法行為に基づく損害賠償請求で棄却され敗訴した原告が、後訴で債務不履行に基づく損害賠償請求をすることは、同じ内容の金銭支払請求であったとしても、法的性質を異にするため、前訴と後訴の訴訟物は同一、先決、矛盾の関係になくなしうることになります。これが旧訴訟物理論の帰結です。
このように、法的性質にも既判力が生じるというのは、実体法上の権利ごとに生じる訴訟物の判断に関して、別の実体法上の権利については既判力は及ばないことを意味するといえそうです(もちろん、この場合でも前訴と後訴の訴訟物とで先決、矛盾の関係があれば別)。
ちなみに、同一事案であるので、不法行為が無理だから債務不履行で、とかその逆とかで再訴が可能とするのはおかしくないか?同じ給付請求できる地位が問題なんだし、と考えるのが、新訴訟物理論です。旧訴訟物理論で、法的性質にも既判力が生じるというのは、別の実体法上の権利であれば再訴可能ということを導くことになりますが(訴訟物との関係で先決、矛盾関係の場合は除く)、その分、紛争の蒸し返しが起こりうることを意味します。これは、旧訴訟物理論を前提とする限り、既判力ではどうにもなりません(学説には法条競合とすることでこの問題を回避するものもあります)。そのため、判例は、一定の場合において、個別具体的な事案において信義則で調整を図っているのは、すでにみなさんがご存じの通りです。

多分、受験生さんが不可解に思えるのは、司法試験の問題でいえば、売買契約に基づく目的物返還請求権があるということは、前提として売買契約の成立があるということを意味し、訴訟物は「売買契約に基づく」という判断がなされている。それにもかかわらず、後訴で前訴と同じ売買契約の成否を蒸し返すのはおかしいのでは?このようにお考えなのではないでしょうか?
しかし、上記の所有権に基づく請求の事例のように、前訴で所有権が原告にあると判断され、それに基づく物権的請求権の存在が判決主文でなされたにもかかわらず、後訴で前訴被告がその原告に帰属すると判断された所有権を否定することが可能ということが、民事訴訟における基本的な既判力の考えなので、既判力という枠で考える限り、判決理由中の判断である売買契約の成否は後訴で争えるという帰結になります。
これは、既判力制度が判決理由中の判断には既判力を認めないという原則を採用した結果で、これは柔軟な攻撃防御を可能とするメリットがある反面、このような蒸し返しのデメリットがあるのは、すでに多くの教科書で指摘されているとおりです。このような紛争の蒸し返しを嫌うのならば、中間確認の訴え、今回の司法試験では被告が反訴を前訴でしとけばよかったということになります。
さらに、学説や判例ではそれ以上に、争点効や信義則、既判力に準ずる効力といった法理をつかって既判力が生じる部分を超える理由中の判断にも一定の拘束力を認めようとしています。
これは、逆にいえば、既判力によって前訴における拘束力が生じる部分が極めて限定された不都合があるためといえます。
つまり、既判力は制度的効力として強力な拘束力ですが、その範囲は主文に関する判断、すなわち訴訟物の判断に生じ、訴訟物が実体法上の請求権を基準とする、ということを前提とする以上、既判力制度の枠で、売買契約の成否やその額を争うことを否定することは無理だということになります。

前回のブログでも書きましたが、典型契約以外の訴訟物も想定すれば、「売買契約に基づく」というからといって、売買契約の成否に既判力が生じるわけではないということはもっと簡単に理解できると思います。
例えば、賃貸借契約の必要費償還請求権の訴訟物は、「民法608条に基づく必要費償還請求権」です(要件事実マニュアル2[第4版]353頁)。
この場合、「民法608条に基づく」という判断から、何か事実や契約関係に拘束力が生じるとみることは難しいですよね。「民法608条に基づく」という部分は、当該請求権が実体法である民法608条の権利だということを指しているに過ぎません。拘束力があるのは、必要費償還請求権が民法608条の権利であるという法的性質部分です。
したがって、当然ながら理由中の判断(請求原因の判断)である賃貸借契約の成立や必要費を支出したことやその額には既判力が生じません。
同じく、「売買契約に基づく」という意味は、「民法555条に基づく」という意味を指し、つまり本問の場合でいえば、本件絵画の引渡請求権は民法555条の権利であることを指すに過ぎません。したがって、この訴訟物の先決関係部分の請求原因部分である売買契約の成否について既判力が生じないということになります。

先決関係

一見、先決関係だから既判力が作用すると誤解するかもしれません。しかし、既判力が作用する前訴・後訴の訴訟物ではないので、「先決関係」だからといって既判力が生じないことに注意が必要です。
確かに、売買契約の成立とそれに基づく目的物返還請求権は先決関係といえますが、先決関係によって既判力が及ぶ場面を思い出せば、今回の場面は既判力が作用する先決関係ではないことがわかるでしょう。
先決関係の典型例は、所有権確認で勝訴した原告が、後訴で同じ所有権に基づく物権的請求をした場合です。前訴の判断は所有権が原告にあるという判断であり、これが訴訟物の判断です。所有権に基づく物権的請求では、前訴の所有権が原告にあるという判断を前提に後訴裁判所は判断しなければなりません。所有権に基づく物権的請求は所有権が先決関係だからです。

先決関係で後訴に前訴の既判力が作用する場合

前訴:X→Y 所有権の確認認容
後訴:X→Y 所有権に基づく物権的請求権

しかし、次のように、この前訴・後訴の請求が逆の場合、すなわち、所有権に基づく物権的請求が前訴の場合、先決関係にある所有権は訴訟物ではありません。

先決関係を理由に前訴の既判力が作用しない場合

前訴:X→Y 所有権に基づく物権的請求権認容
後訴:Y→X 所有権の確認


したがって、あくまでこの場合の既判力が生じる部分は「所有権に基づく物権的請求権」の存否となります。繰り返しになりますが、所有権は理由中の判断なので、ここでは所有権の帰属について既判力は生じません。当該請求権の法的性質が所有権であることに既判力が生じるにとどまります。したがって、この場合、前訴被告が敗訴しても、後訴で原告の所有権を争うことができます。この場合、後訴で前訴でなされた理由中の判断とは矛盾牴触する判断がなされうるのは、上記の高橋宏志先生の指摘する通りです。
矛盾する理由中の判断がなされるというのは、前訴後訴同一の契約が問題となっても、前訴では契約成立と判断されたにもかかわらず、後訴でその契約の成立は否定されうるということを意味します。したがって、同一の契約によるとしても、目的物返還請求権が認容された場合に、後訴で代金支払請求権が棄却されることは既判力との関係ではありうるということになります。

司法試験の問題の場合でいえば、売買契約に基づく目的物返還請求権が訴訟物の場合、売買契約の成否は理由中の判断であり、これに既判力は生じず、当該請求権の実体法上の法的性質が売買契約の権利であるに過ぎません。そのため、売買契約の成否及びその額については、後訴で矛盾した主張をすることが既判力によって遮断されないことになります。

基本的に、民事訴訟制度における既判力制度とは、実体法上の権利関係の判断のみに拘束力が生じ、その実体法上の権利関係の理由となる部分、例えば、請求原因や抗弁等の判断は、後訴で蒸し返せることを原則としており、その主張が前訴の訴訟物と同一、先決、矛盾の関係になる場合に限り、遮断効が生じると押えておけばいいと思います。

以上、わかりにくいかもしれませんが、受験生さんのお役に立てたのであれば幸いです。

補足

 売買契約の成否は判決理由中の判断で後訴で争えるとしても、売買契約ではなく贈与契約であったとの主張は売買契約の成否を争うのではなく、既判力をもって確定された請求の法的性質が売買契約であったという事を請求の法的性質は贈与契約であったというものであって既判力が矛盾抵触していると言うことにはならないんですか?

前訴・後訴同一の契約による請求

まず、司法試験の問題でも、売買契約に基づく目的物返還請求権の存在が前訴において既判力が生じているので、この前訴で判断された「目的物返還請求権」が贈与契約の権利であるということを主張することは、前訴の既判力に反します(もっとも、後述のとおり、別個に贈与契約があった場合には、その旨の主張をすることは債権の相対性から否定されません)。

しかし、重要な点は、前訴と後訴の訴訟物の関係です。今回の問題における後訴の訴訟物は金銭支払請求権です。この金銭支払請求権が売買契約であるか贈与契約であるかといった法的性質や、そして後訴の金銭支払請求権が存在するかといったことについて前訴で既判力は生じていません(ゆえに後訴がこれに拘束されることはありません)。訴訟物との関係でみれば、後訴において売買契約を否定して贈与を主張することは、前訴の既判力に反しないということになります(藤田広美・解析民事訴訟法359頁)。
ちなみに、訴訟物は、「当事者」という主体的側面と「判定対象である権利又は法律関係」という客体的側面とから把握されます(藤田広美・講義民事訴訟19頁)。

請求権競合・複数の契約

また、本記事の「法的性質に既判力が生じるという意味」という箇所をもう一度確認していただきたいのですが、同一の事実であっても、法的性質を異にする請求権競合の場合、訴訟物が異なり、一方と他方は先決、矛盾の関係にもありません。本記事にも書きましたが、同一事実についての債務不履行に基づく損害賠償請求と不法行為に基づく損害賠償請求権は別個の訴訟物であり、一方の債権があることは、他方の債権がないことを意味しません。逆も同様で、この場合において、一方の債権がないことは、他方の債権があることを意味しません(請求権競合の判例を参照)。
これは、実体法上の理解とも関連しますが、物権関係と異なり、債権関係は複数成立します。例えば、同一の目的物をYがXに対して、売ったという契約も、贈与したという契約も、あるいは賃貸したという契約も実体法上は可能です。債権の定義を思い出してほしいのですが、債権とは、ある者がある者に対して一定の給付を求める権利を意味するので、このようにXが同一目的物について複数の契約に基づく給付する権利を有し、Yがこれ(債務)を負担すること自体は可能です。このうち一つの契約に基づく弁済(履行)をすれば、他方の契約に基づく給付義務については債務不履行の問題が生じるにすぎません。

このように、売買契約に基づく目的物返還請求権の存在に既判力が生じるということは、他の契約に基づく同一目的物の給付請求権があることまで否定するわけではありません。複数の契約がなされることによって、売買契約に基づく目的物返還請求権と贈与契約に基づく目的物返還請求権が認められることもありえます。このような判断は矛盾関係にはなく、両立しえます。

既判力の作用のうち矛盾関係の箇所を教科書でご確認いただきたいのですが、典型例は、XがYに所有権確認して認容された場合、YがXに対して所有権確認をすることは前訴の既判力ある判断と矛盾するため、Yが自己の所有権を主張することは遮断されるというものです。これは、一物一権主義という物権特有の法的性質から、債権と異なり、同一目的物に複数の所有権は存在し得ないことから矛盾関係となります(もちろん、所有権に基づく物権的請求権が訴訟物である場合、所有権という判断は理由中の判断であるので前訴で敗訴したYが自己の所有権を主張しても矛盾関係になりません)。

法的性質が請求権競合(同一事実の債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権)ではなく、法条競合の場合は、一方の法律効果の発生によって、他方の法律効果を否定するため、前者に既判力が生じれば、後者は既判力によって遮断されるでしょう(上記の同一事案における債務不履行不法行為が成立する関係において判例は請求権競合とみますが、法条競合とみる学説もあります)。
このように、法的性質について既判力が生じるといっても、その内容によって後訴が遮断されるかは変ってきます。いずれにしても、債権関係には、物権のような排他的効力はないため、一方の成立が他方の成立を排斥する関係にならないのが原則です。したがって、訴訟物が同一、先決、矛盾の関係にない限り、別の法律構成を主張することは既判力に反しません。
債権関係と物権関係では異なる点もあるので、これは実体法上の債権、物権、一物一権主義といった概念を理解することで、既判力が生じる部分(実体法上の権利関係の判断)がわかると思います。
ちなみに、同一事実について前訴で売買契約という判断はされており、贈与ではないという判断がなされている司法試験の問題においては、後訴において贈与の主張が通ることはないでしょう。しかし、それは既判力に反するという理由ではなく、主張・立証の問題に過ぎません(所有権に基づく物権的請求権後の所有権確認の再訴における本件記事の高橋宏志先生の指摘を参照)。

補足の補足

後日、またコメントがありました。
「に~やんさんは、複数の契約が成立することについて議論していますが」というご指摘がありましたが、すでに前訴・後訴同一の契約による請求については、上記の通り指摘しています。既判力の客観的範囲は、双務契約における反対給付に及ぶかという問の答えは、「及びません」というのが一般的な理解です(藤田広美・解析民事訴訟法359頁参照)。

また、吉村徳重「判決理由の既判力をめぐる西ドイツ理論の新展開」 という論文のご指摘がありました。文献をご紹介いただいただけで、これをもって既判力に反対給付である金銭支払請求権まで既判力を拡張する趣旨かはわかりませんが……
ただ、この論文は、完全に「司法試験」という実務家登用試験から離れているので読む必要はないと思いますが、ざっくり内容を説明するとツオイナー理論以降のドイツ学説に関する論文です。ツオイナー理論は、新堂先生が争点効理論を提唱する際のヒントにした有名な学説でもあります。
争点効が出てくる時点でお気づきかもしれませんが、争点効は既判力ではありませんよね。既判力では無理だからこそ出てきた学説です。そして、この論文には、判決理由中の既判力を認めるドイツ学説が紹介されていますが、これを直ちにわが国の既判力概念と同様に考えるといったものではなく、吉村先生もあくまで参考にしているに過ぎないという点にご注意ください。
この論文の前作(吉村徳重「判決理由中の判断の拘束力」――コラテラル・エストッペルの視点から)は、めっちゃ簡単にまとめるとエストッペルを根拠に一定の場合に判決理由中の判断に拘束力を認めようとするものですが、エストッペルを根拠としていることからわかるように、吉村先生自身も既判力を判決理由中にまで拡張しているわけではなく、したがって、この吉村説を根拠に既判力が後訴の売買に基づく代金支払請求権まで及ぶということはできません。
これに対して、論文で比較法のために紹介されたドイツ学説では判決理由中の判断に既判力を認めるものがあります。が、ドイツ学説を根拠に日本の法制度である既判力概念を変貌させて判決理由中の判断にまで既判力を肯定することは、少なくとも司法試験では望ましい論述ではない(特に実務家には通じない)と思われます(吉村先生もそこまで主張していません)。仮に、ドイツ学説を借用するならばドイツの通説でもある新訴訟物理論を前提に考えることが必要となってくるでしょう。そして、それは非常に難解です。
本問は、通説の理解に従う限り、既判力が作用しない場面なので、既判力では無理せず、引換給付判決という特殊性や判決主文との関係で引換給付部分をどう考えるかや、既判力に準ずる効力等を検討したほうが良いように思います。


民事訴訟法概論

民事訴訟法概論

重点講義民事訴訟法(上) 第2版補訂版

重点講義民事訴訟法(上) 第2版補訂版

重点講義民事訴訟法(下) 第2版補訂版

重点講義民事訴訟法(下) 第2版補訂版