にーやんのブログ

三振したにーやんが再ローを経て司法試験に合格した弁護士の物語である

H29民訴論文の設問3について

ままま、まいどです。


友人に質問されたので、民訴の設問3についても触れておこうかと。

既判力に関する部分の検討は基本事項の確認みたいなものかと思います。
実はこれ旧試の平成15年度第2問で似たような問題が出されているところでもあったので、これやってたら簡単だったかも。

問題文では、次のように書かれている。

 上記の訴訟(以下「前訴」という。)においては,「Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。」との判決がされ,この判決は確定した。

これは、設問2の問題文を前提とすると、主位的請求である贈与契約の請求は認められず、売買契約に基づく請求が認められて、引換給付判決がなされたということだろう(贈与契約の請求と売買契約の請求を交換的に変更した余地もあるかもしれないが、わざわざそんなことしないだろう)。

少なくとも、前訴でなされた訴訟物に対する裁判所の判断は、売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権が存在するというものだ。
したがって、この判断に既判力が生じる。


ところで、既判力には積極的作用と消極的作用がある。
積極的作用は、後訴裁判所は既判力をもって確定された訴訟物の判断を後訴の審判をする際の基準としなければならないというもの。
消極的作用とは、後訴において既判力ある判断と牴触する当事者の申立てや主張立証を排斥する効果のことを指す。いわゆる遮断効(失権効)というやつである。積極的作用の結果、後訴裁判所は既判力ある判断と矛盾牴触する判断をすることができないことになるため、当事者も前訴の既判力に反する主張ができないこととなる。

そして、既判力が作用する場面で挙げられるのが、次の3つ

  1. 訴訟物が同一の場合
  2. 訴訟物が先決関係の場合
  3. 訴訟物に矛盾関係がある場合

訴訟物が同一の場合は同じ請求を繰り返す場合なので、イメージしやすい。
これに対して、訴訟物が先決関係にある場合や矛盾関係にある場合などはちょっとわかりにくい。
しかし、ポイントは前訴の既判力ある判断、つまり訴訟物に対する判断と牴触するかという視点から考えれば、結構わかりやすい。
先決関係の典型例は、前訴のYに対する甲土地の所有権確認訴訟で勝訴したXが、その後同じYに対して甲土地の所有権に基づく引渡請求訴訟を提起する場合である。
後訴の請求は、XのYに対する甲土地の引渡請求であるが、これは甲土地の所有権に基づく請求である。これは、前訴におけるXの甲土地の所有権の存在という既判力ある判断を前提とする請求である。したがって、甲土地の所有権がXにあることを前提に後訴裁判所は審理・判断しなければならない(ちなみに、後述のとおり、甲土地の引渡請求の後に甲土地の所有権の確認請求では既判力が作用しない)。
これは、後訴の請求を見るとX甲土地所有という請求原因部分に既判力が作用する場面であり、「それは理由中の判断では?」と誤解する人がいる。が、そうではない。あくまで、既判力が生じるのは前訴における訴訟物の判断であり、それが後訴裁判所を拘束するというのが既判力の作用。ここでは、後訴請求において、前訴の既判力ある判断に拘束されているだけであり、後訴請求の理由中の判断かどうかは関係ない。
前訴でXに甲土地の所有権があるという判断に既判力が生じた以上、後訴裁判所はこの判断に拘束されるだけの話。

これは、矛盾関係でも同じ。
前訴で土地甲の所有権確認訴訟でXが勝訴し(「土地甲はXの所有と確認する」との判決)これが確定した後、前訴の被告であったYが後訴で原告となり、土地甲がYの所有であることを確認する訴えを提起する場合である。
まず、前訴の訴訟物は、Xの土地甲の所有権の存否であり、後訴はYの土地甲の所有権の存否である。両者は甲土地の権利主体が異なり、権利関係が違うため訴訟物が異なる。
しかし、ひとつの不動産にはひとつの物権のみ成立するという一物一権主義からすると、前訴で土地甲の所有権がXにあるという判断は、この一物一権主義から、土地甲の所有権はYにはないということをも意味する。矛盾関係というのは、このようにXに土地甲の所有権があるのならば、Yに土地甲の所有権があるという判断は一物一権主義から矛盾する判断であるという意味。ちなみに、債権関係にはこのような一物一権主義のような考えは妥当しない。同一内容の契約内容の権利者が複数人の場合もある(履行できない場合は債務不履行の問題となるだけ)。これが債権関係と物権関係との違いでもある。
要するに、前訴のこの判断に既判力が生じ、後訴の請求に前訴の既判力が及ぶ結果、土地甲の所有権はYにないということを前提に後訴裁判所は判断しなければならないということになる。

いずれも前訴の既判力ある判断に反するかどうかという問題。
既判力の問題は常に前訴の訴訟物と後訴の請求の内容をみて考える必要があるとまとめることができる。
もちろん、基準時後の事情をもって前訴と異なる権利関係を主張することは、既判力に牴触しない。既判力は基準時における判断であり、それは基準時より前でも後でもない。


で、脱線したけれど、今回の問題。
前訴でなされた訴訟物に対する裁判所の判断は、XのYに対する売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権が存在するというもの。
これに対して、後訴の請求をみると、YのXに対する売買契約に基づく代金支払請求権が訴訟物となっている。
ここで、Xは前訴のXY間の本件絵画の売買契約の成否及びその代金額を争うことが既判力に反するか?が問題とされている。
訴訟物とは、訴訟上の請求の内容である一定の権利または法律関係である。
債権の訴訟物の特定は、①権利者(債権者)、②義務者(債務者)、③権利(給付)の内容によって判断する(藤田広美・講義民事訴訟法19頁)。
前訴はXのYに対する売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権で、後訴はYのXに対する売買契約に基づく代金支払請求権であり、債権の給付内容が異なるから、訴訟物は前訴と後訴で異なる。
では、後訴で売買契約の成立を争うことが前訴の既判力に牴触するか?
まず、売買契約の成立というのは前訴の理由中の判断である。したがって、この点に既判力は生じない。
次に、後訴の請求は代金支払請求権であるから、売買契約が不成立ゆえに認められなかったとしても、前訴の売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権の存在するという判断と牴触するものではない。
同一の訴訟物でも、先決関係でも、矛盾関係でもないからである。

で、友人は、「前訴は売買契約に基づく請求であるから、売買契約の不成立という判断は前訴と矛盾するのでは?」と言う。
なるほど、これは既判力の作用する場面のひとつ「矛盾関係」という言葉に引っ張られた誤解だ。

上述のとおり、既判力の問題はあくまで前訴の既判力ある判断に反するかという点から出発するのがポイント。
既判力が作用する場面である「矛盾関係」とは、あくまで前訴の既判力ある判断に反する場面のひとつであって、ここでいう「矛盾関係」というのは、ただ矛盾っぽくみえるという場面ではなく、既判力が作用するという特別な内容を含んだものといえる。

で、今回矛盾関係にならないのか?
結論からいうと、矛盾関係にならない。
「売買契約に基づく」という部分は、あくまで訴訟物を特定するためのものに過ぎず、これは売買契約の成立という理由中の判断に既判力が生じているわけではない。

前訴裁判所がXのYに対する甲土地の「所有権に基づく」物権的請求権があると判断したからといって、前訴裁判所がXに甲土地の所有権があるという判断に既判力が生じるわけではないのとパラレルに考えることができる。この場合、後訴でYがXに甲土地の所有権がYにありXにはないとして所有権確認請求をする場面では前訴の既判力が作用しない(高橋宏志・重点講義上631頁)。
前訴においてXに甲土地の所有権があるという判断がされても理由中の判断であり、これは甲土地の所有権に基づく物権的請求権の先決関係にあるが、その先決関係に既判力が生じていない。前訴の訴訟物は甲土地の所有権ではなく、甲土地の所有権に基づく物権的請求権だからである。上述の既判力が作用する先決関係とは異なる(前訴と後訴が逆)。

また、訴訟物の定義を思い出せば理解できるはず。旧訴訟物理論を前提にすると、訴訟物は実体法上の権利関係ごとに考えることになる*1
したがって、ただ「代金支払請求権」といってもそれがどのような実体法上の権利であるかわからない。その代金とは、売買によるものか請負によるものか、それとも有償寄託によるものか。
そこで、審判対象である訴訟物が明らかにならなければ、裁判所は何を判断すればいいのかが明らかにならないということになる。そこで、訴訟物を特定することが必要になる。
訴訟物は、請求の趣旨と原因によって特定される(民訴法133条2項2号参照)。
小生は恥ずかしながら判決主文に既判力が生じ、理由中の判断には既判力が生じないという意味を誤解して、判決主文だけで既判力を判断するものと素人的間違いをしていたことがあった。初学者の頃の話。
しかし、判決主文に対応する請求の趣旨をみても明らかなように、ただ「被告は、原告に対し、金100万円を支払え。」と言ったところで、実体法上の権利関係は明らかではない。つまり、訴訟物が明らかではないため、請求原因と合わせて訴訟物を特定しなければならない。
要件事実の本に契約に基づく給付請求の訴訟物として記載されている例がいずれも「○○に基づく」と書かれているのは、実体法上の権利関係を特定するのに必要だからである。

色々グダグダと説明したけれども、要するに、「売買契約に基づく」という部分は訴訟物を特定するための部分に過ぎず、売買契約の成立した事実に既判力が生じることを意味しない。
勅使河原先生の『読解 民事訴訟法』では、矛盾関係とは「前訴での請求と実体法上両立せず矛盾する反対権の権利主張(請求)が真反対から後訴でされている場合」と説明されている(156頁)。
上述したように、債権関係には一物一権主義は妥当しない。
したがって、基準時にXがYに対して売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権があるからといって、XがYに代金支払債務が存在するということまでは判断されない。

通常の売買契約に基づく請求を想定するとわかりやすい。XのYに対する売買契約に基づく目的物引渡請求で全部認容された場合。
売買契約に基づく目的物請求権があるとされても、すでに代金は支払済みかもしれない。そんなことを判断したかどうかと関係なく、訴訟物に対する判断以外は既判力は生じない。つまり、売買契約に基づく目的物引渡請求権の存否の判断が訴訟物における判断であり、代金支払債務の存否の判断は既判力のない判断ということになる。
したがって、前訴でXのYに対する売買契約に基づく目的物引渡請求権があると判断されても、それがYのXに対する売買契約に基づく代金支払請求権があることを意味しない。その逆もしかり。
したがって、本問における前訴と後訴の関係は、「前訴での請求と実体法上両立せず矛盾する反対権の権利主張(請求)が真反対から後訴でされている場合」ではないということになる。
よって、本問は、前訴と後訴が、訴訟物が同一でも、先決関係でも、矛盾関係でもないので、既判力が作用する場面ではない。

ということで、Xが売買契約の不成立を主張することは、前訴の「既判力には」反しない。
しかし、本問の特徴は、引換給付判決という点。上述の売買契約に基づく目的物引渡請求で全部認容されたような例であり、これは上述の一般論とは異なり、必ず売買契約とその代金額の判断がされるという事情がある。引換給付判決は引換給付の対象である反対債務の判断をしてなされる判決だからである。
上述のように、既判力という枠組みでは対処できないので、この引換給付判決という事情を考慮して裁判所はどう審理・判断するべきかを考えましょうというのが本問のメインかなと。

いずれにしても、契約成立及びその代金額の判断は理由中の判断であるから、この問題はいつものやつ。
ここは、通説があるわけでもないけれども、過去問からすると、既判力に準ずる効力、信義則、争点効などを検討すればいいかなと。
この際、判決主文の引換給付文言には既判力が生じず、それは強制執行の条件にすぎないという点は触れないといけないかなと(高橋宏志・重点講義上676頁)。
あと、本問では、売買契約の成否、その代金額がいずれも争点となっている事案だったので、争点効や信義則を適用させやすい事案だったかなと。
既判力に準ずる効力を認めた限定承認の例の判例では、「限定承認が認められたときは……主文においてそのことが明示されるのであるから,限定承認の存在及び効力についての前訴の判断に関しては,既判力に準ずる効力があると考えるべきである」としており、引換給付判決でも似ているので、これを理由に認めてもいいかも。
まぁ、この辺はそれなりに検討できれば十分かなとか思っております。
というか、その程度の検討しかできなかったので、そうあってほしいというのが小生の願望でございます。

ほなな

重点講義民事訴訟法(上) 第2版補訂版

重点講義民事訴訟法(上) 第2版補訂版

講義 民事訴訟 第3版

講義 民事訴訟 第3版

*1:したがって、旧訴訟物理論からすると、債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とは訴訟物が異なるため、前者での請求が棄却されたからといって、後者での請求が既判力で遮断されるわけではない。