にーやんのブログ

三振したにーやんが再ローを経て司法試験に合格した物語である

【ロースクール民訴】民訴学者は会社法423条1項の要件と経営判断原則の関係なんかわからん?【UNIT13 立証活動】の巻

まいどで~す。

今週は色々忙しくてかなり疲弊してます(汗)

そんなクソ忙しい中、今後の会社法の復習のためにも整理しておこうと思うことがあった。

うちのローは、多くのローでも使われている「ロースクール民事訴訟法」というのを使って、民訴の授業が行われている。
で、これはやむを得ないことかもしれないけれど、民訴の学者には実務ベースの要件事実について正確な理解をしていない方も多く、しかも自分の授業の担当教員がこれまたロースクールの教壇に立つに値しない無知な方でして、
ロースクール民訴を解説できんの?」
といつもビクビクです。

そんな前置きは置いといて、今日は、ロースクール民訴の「UNIT13 立証活動」の話を簡単に。

ここの問題は、株主代表訴訟という訴訟担当の事例なのだけれど、その訴訟物、請求原因事実は、以下のようになる(要件事実マニュアルⅢ参考)

訴訟物  会社法423条1項に基づく損害賠償請求権
請求原因 

  1. 被告が取締役等として法令・定款違反行為又は善管注意・忠実義務違反行為をしたこと(任務懈怠)
  2. 損害の発生及びその額
  3. 1と2との因果関係
  4. 原告が会社の株主であること(会社法847条。原告適格を基礎づける事実)

なお、故意・過失の不存在は抗弁に回り、Yの主張立証責任となる(任務懈怠と帰責事由を区別する二元説について会社法428条反対解釈)。したがって、無過失の評価根拠事実が抗弁、無過失の評価障害事実が再抗弁となる。

で、経営判断原則とは

判断時の状況を前提とし、関連業界の通常の経営者を基準として、判断の前提たる事実認識を不注意で誤ったか、あるいは、事実に基づく判断が著しく不合理であった場合でなければ、取締役の善管注意義務違反を認めない。

という考え。

そして、経営判断原則とこの423条1項の要件との関係はどうなってのかというと、経営判断原則の内容から明らかなように善管注意義務違反として任務懈怠となるかの基準ということになる。
すなわち、法令・定款違反行為も善管注意・忠実義務違反行為も423条1項の「任務を怠った」という要件の中身の話で、経営判断原則は善管注意義務違反の基準ということ。
したがって、経営判断原則は任務懈怠の内容(要件1)として主張される関係になる。

ただ、経営判断の範疇に属する行為として経営判断原則が適用されるという実戦的意味は、裁量が認められることによって、善管注意・忠実義務違反と判断される余地が狭くなるということ。逆に、裁量が認められる分、経営は自由にしやすいってことを意味する。

で、本題。
うちの授業で先生は、
先生「忠実義務違反が請求原因、経営判断を抗弁と考えるのがいい(先生独自説)」
という。
上記から明らかなように、忠実義務違反も経営判断原則も任務懈怠の話。423条1項の「任務を怠った」という要件該当性の話。

にーやん「おいおい(汗) 同じ要件についてあたかも違う話みたいになっとるやないかい」

そこで、こんなとんでもない前提を示した上、
先生「原告・被告はどういった立証するのか?」
という質問を生徒になげかける。
質問された生徒は素晴らしい回答をしていたが(自画自賛)、それは置いといて考え方として忠実義務違反という任務懈怠要件と経営判断原則を分離することはそもそも可能か?

技巧的な解釈論を展開するとなくはない。
例えば、423条1項の任務懈怠の評価根拠事実として忠実義務違反行為を請求原因として位置付け、経営判断原則の主張をその評価障害事実として位置付ける。
とか、経営判断原則による主張を無過失の評価根拠事実として位置付ける。
みたいな(笑)

まぁ、いずれにしてもちょっと無理矢理すぎると思う。
そもそも、経営判断原則が善管注意義務(その具体化である忠実義務)違反の話である以上、任務懈怠要件の話と考えざるを得ないし、また、任務懈怠についての主張立証責任は423条1項の責任追及する側にあるわけで、それを取締役側に負わせるというのは、そもそも裁量を認めることで取締役の責任を限定する考えに反するように思える。

そういう理由もあってか、要件事実マニュアルⅢなんかみても、当然に423条1項の責任追及する側が

ⅰ 当時の状況に照らして合理的な情報収集・分析・検討がされなかったため、前提事実の認識に不注意な誤りがあったこ
又は
ⅱ 当該経営判断の推論過程及び内容が、当時の状況に照らして、著しく不合理であったこ

をもって、任務懈怠の要件事実を主張しなければならないとしている。
つまり、ここでは、「任務を怠った」=善管注意義務違反の中身として、経営判断原則が適用される場合の任務懈怠要件が上記のようになるということ。

こういう論理になるのは、現在の少なくとも二元説を前提とする会社法においては多数の理解。
ただ、一見すると事実概念のようにもみえる「任務を怠った」という要件が規範的要件であり、しかも善管注意義務違反も規範的要件で、さらにその善管注意義務違反の内容も過失との関係でどう位置付けられるかについて見解の一致がないため、混乱してる感じ。
そこに、実体法学者でも実務家でもない民訴学者が参戦して、また変なこと言い出す。

三木先生なんかも、「同じ事実でも原告・被告の立証責任が重なることがある」みたいなことを言っているらしく、まぁ確かに、一部弁済と時効中断なんかだとそういうことはあり得る。
ただ、それは同じ要件について原告・被告が立証責任を負うということを意味しない。過失の立証責任も、その評価根拠事実と評価障害事実で立証責任は峻別されるのが建前。
もちろん、そこで主張された事実が主張した者の意思に反して、異なる評価をされる場合もあるだろうが、それは法的評価の問題であって、結論からみれば、自ら不利な事実を陳述した、ただの不利益陳述に過ぎない。

民事訴訟法なんかの手続法しか勉強したくない学者は、実体法の解釈論を通じて決定される要件事実なんて勉強したくないのかなぁ。それなら、経営判断原則の立証責任と任務懈怠要件の立証責任は別ものとかいった勘違いをするのも、仕方無いか?
いやいや、ロースクールじゃあかんやろそれ。
そんな理由なのかはわからないけれど、みんな大好きな重点講義の高橋宏志先生も、
ロースクール民事訴訟法を教えられる民訴学者はいない」
と言い切ったとか(汗)

そういう意味では、やはり裁判官ってえげつないなと思う。実体法も手続法も両方できるエリートという感じ。
そういうのを考えると、新訴訟物理論に嫌悪する裁判官の気持ちもわからなくはない。そういえば、怒り心頭の裁判官が大昔そんな論文書いてたっけ。

まぁ、民訴学者をdisってしまった感じになってるけど、全然、担任の先生は好きです。新堂先生もいい人です。ただ、民訴という学問を明後日な感じにしたA級戦犯ではあると思います!!

これからロースクールという実務と理論の架橋がもっと意識されれば、行政法のように名著がたくさん生れると思う。
少なくとも、共謀共同正犯を否定する学者が減ってきた刑法は少しずつそういういい方向に向かってるような気がする。

 

ああ、また時間を費やしてこんなに書いてしまった。
明日も頑張ろう!